長い「無冠」脱したプラス・マイナス 上方漫才大賞奨励賞に喜び

「やっと終わりました」と晴れやかな笑顔を見せたのは、漫才コンビ「プラス・マイナス」。4月に開催された「第56回上方漫才大賞」で奨励賞に輝いた。新人賞を受けてから9年。長い「無冠」の時期を脱した喜びがあふれる。

高校からの友人である #岩橋良昌 と兼光タカシのコンビで、2003年にデビュー。正統派のしゃべくり漫才にモノマネを織り交ぜた芸風で、年間数百ステージをこなす人気者だ。

07年に「NHK上方漫才コンテスト」最優秀賞、12年に「上方漫才大賞」新人賞と順調だったが、その後は結果が出なかった。

苦戦が続いた要因の一つが「時間」だった。寄席なら6分かけられるネタも、賞レースでは3分ほどに制限される。その難しさを兼光は「競技漫才」と例える。「短い時間でどんだけボケて斬新なことができるか。でも、漫才ってそれだけじゃないよなっていう気持ちもありました」

そんな中、今大会の出場が決定し、岩橋は「ネタ時間6分と聞いた時に、勝ったと思った」。10年以上かけて磨き上げてきた高校野球のネタが、すぐに浮かんだ。場内アナウンスやサイレンのモノマネを交え、子供からお年寄りまでみんなが笑える寄席の鉄板ネタだ。兼光は「またこのネタ?と言われる不安もあった」と言うが、いつも通り会場の雰囲気を楽しみ、勝利をつかんだ。

兼光は20年10月に母を亡くした。コンビ結成時に内定していた就職先を断るなど、心配させっぱなしだったという。「ついこないだまで電話でも『仕事あるか』とか『食べてるか』とか。でも、最近はようやく安心してくれていたみたいで。できれば受賞した姿を見てほしかったです」。授賞式では「おかん、やったで!」と大声で母に報告した。

一方、岩橋の授賞式での言葉は「クセに耐えてよく頑張った!」だった。今では岩橋の代名詞となった「クセ」だが、実は幼い頃からの大きな悩み。場違いな言動がつい出てしまうこともあり、長年苦しんだという。岩橋は「ここぞという時に出る。M—1の予選もそれで失敗して、仲間からは『なんでいつも通りやらんの』って。でも、兼光から否定されたことは一回もないんですよ」。「しょうがない」と笑う兼光のおおらかさに、何度も救われてきた。

テクニックは十分。今後は「人となり」を生かす漫才を目指すという。上方漫才大賞については「めちゃくちゃほしいですけど、あの皿(賞品)を割ってしまいそうで、僕。それが一番怖い」。岩橋はガハハと笑った。【山下智子】

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