「バグ」と「グリッチ」ってどう違うの? それぞれの言葉の広まり方から探ってみた

 昨年秋に発生して大きな話題となった、東京証券取引所の全面停止。英語圏では、これが「Glitch」と報じられる例(The New York Times)があったのをご存じだろうか。

 この「グリッチ」という言葉、近年はビデオゲーム関連でも見かけるようになった。電ファミニコゲーマーでは、タイムアタックなどの”究極を求めるプレイ”を紹介する記事で出くわすことが多く、主に「バグがらみの裏技」のような意味合いで使われている。
 あるいは、ビデオゲームを題材にした映画『シュガー・ラッシュ』のヒロイン・ヴァネロペのことを思い出す向きもあるかもしれない。彼女のあだ名は、日本語版では「不具合」と訳されており、どうにもあだ名っぽくないぎこちなさを否定できないが、原語版では「glitch」だ。あだ名なら「バグっち」あたりでもよさそうなものだが、同作では文字通りの虫の集団が「バグ(サイ・バグ)」の名前で登場するので、別の言葉にせざるを得なかったのだろう。

 この「グリッチ」がゲームに関する言葉として目立ちだしたのは、もはや「裏技」が日常的な言葉としても当たり前に使われすぎて、新鮮味を失ったのも一因かもしれない。

 一方「バグ」のほうは、「裏技」よりも古くからコンピューター用語として使われているわりに、ネガティブな意味合いが先に立つためか、日常的な言葉として使い古されたというほどの印象はない。それでもネットメディアでは、社会制度やルールの矛盾・考慮漏れなどの“穴”にまで使われ方が広がっている。昨今の「Go To トラベル」や「Go To イート」についての、この手の記事に覚えがある方もおられるだろう。
 さらに「バグった(バグってる)」という形だと、「うまく説明できないほど好調・優秀である」というように意味が逆転することすらある。この手の使われ方は、例は少ないものの一般の週刊誌でも確認できる【※】

※「 #メイプル超合金 ・カズレーザー「キャラは真っ赤なウソ」を検証する 今いちばん「バグってる」男の原点を発掘!」(『FLASH』2016年7月12日号)

 このように、ビデオゲームにまつわる言葉としては古株の「バグ」と、新しい印象のある「グリッチ」。ではこのふたつはどのように違い、あるいはどう共通しているのだろうか? 今回はこの点を、それぞれの日本での広まりの過程を探りながら、見ていくことにしよう。

文/タイニーP


ゲーム用語の「グリッチ」を広めたのは、あのゲームの動画!?

 「glitch」は、突発的な故障・不具合を指すアメリカの俗語として、英和辞典にも採録されている言葉だ。日本でも遅くとも1970年代には、デジタル回路などに関連する技術用語として「グリッチ」が使われた事例が、論文データベース上で確認できる。また天文学では、中性子星の発する電磁波のパルス周期が急に短くなることを指す言葉として使われている。
 ただ、ビデオゲームに関わる言葉として日本のプレイヤーの間でも広まりだしたのは、ここ10年ほどのことと考えられる。

 ビデオゲームにおけるグリッチも、やはり突発的、あるいは一時的な不具合という意味合いがベースにある。たとえば、「カセットの装着不良で画面表示が崩れる」などといった、ファミコンではおなじみの現象がこれに該当する。
 ただ一時的といっても、偶発性の、あるいは短期的なものというニュアンスは、必ずしもあるわけではない。むしろ視聴覚的に──つまり「映像や音響の面で、異常性がはっきりと知覚できるもの」を指すことが多いように見受けられる。つまり、裏技によってこのような事象が確実に引き起こされるという場合も、「グリッチ」に当てはまるわけだ。

 裏技の中でも、本来は行けないはずのところに行く、簡単に金を稼ぐなどといったものは、映像として“食いつきがいい”タイプだと言えるだろう。また冒頭で触れたように、タイムアタックなどにも絶大な効果を発揮することが少なくない。
 この種のものが、動画サイトの流行の中で日本でも「グリッチ」として紹介されるようになった。特に2013年に登場した『グランド・セフト・オートV』のグリッチの動画が人気を集め、SNSなどで広まってきたというのが、近年の流れのようだ。

 そうすると、「グリッチ」の指すところと、「バグ」のコンピューター用語としての基本的な意味、すなわち「コンピューターのプログラムの誤り・欠陥。」(『広辞苑』第四版)には、やはり開きがあると言わざるを得ない。簡単に言えば、「グリッチ」は結果であり、「バグ」はその原因のうちのひとつに過ぎないといったところだろう。
 しかし、たとえば「画面がバグった」などという場合、これは「グリッチ」とかなり近い意味合いにも感じられるのではないだろうか。つまりそもそも、「バグ」という言葉の指すところが、辞書にあるような基本的な意味から拡大されていたわけだ。
 そこでここからは、「バグ」がコンピューター用語としてだけでなく、ファミコンブームを支えた子どもたちにカジュアルに使われるようになるまでの流れを、詳しく確認していくことにする。

インベーダーブームのころまでの「バグ」

 先に語釈を紹介した『広辞苑』で「バグ」が初めて採録されたのは、1991年発行の第四版だ。一方、「bug」が北米の口語としては機械の故障などを表すということは、筆者の手元にある研究社の1950年代の英和辞典、『新簡約英和辞典』でも説明されている【※】
 これに近いころ、1960年代序盤の日本において、コンピューター用語としての「バグ」は、電子計算機(コンピューター)に関わる専門家や学生の間では知られていたようだ。とはいえ、彼らの間でもまだまだ俗語的、隠語的な表現とみなされていた。

※この辞典には「glitch」は採録されていない。

 実際、この時期の電子計算機の専門書を見てみると、「バグ」の代わりに「誤り」「ミス」と記されることが圧倒的に多く、「デバッグ」も「手直し」「誤り除去」と書かれるのが普通だった。1961年から翌年にかけJIS規格として制定された「計数型計算機用語」でも、「バグ」に相当する言葉はなく、また「デバッグ」の代わりに「手直し」が収録されている【※】

※これに相当する外国語表現の参考情報として、「debugging」が挙げられていた。なお、1970年代に入ると「計数型計算機用語」に代わって「情報処理用語」が制定されたが、その際には「手直し」と「デバッグ」が同じ意味の言葉として併載されている。

 しかしその後、1970年代後半以降の“マイコンブーム”の広まりによって、中学生やそれ以下というさらに低い年齢層を含むマニアたちにも「バグ」が知られてゆく。パソコン雑誌【※】などのプログラミング入門記事でこの言葉が紹介されるのはもちろんのこと、記事の誤植や、掲載したプログラムリストの抜けなどの編集上の手落ちが「バグ」と表現されることも珍しくはなかった。

※1980年代前半までは「マイコン雑誌」と呼ばれることが多かったが、ここでは「パソコン雑誌」に統一する。

 そして1979年の前半に巻き起こった『スペースインベーダー』の大ブームの中でも、パソコン雑誌では、解析などを交え、ゲーム中のいくつかの“怪現象”をプログラムのバグによるものと紹介する記事が登場することになる。たとえば『マイコン』1979年8月号「インベーダーマシン大研究」には、以下の記述がある。

「ソフトウェアのBUGと考えられる思いもよらぬ動きがいくつかあります。一例を挙げますと、UFOの画面に現れた瞬間や、消える寸前の画面の最端で命中した際、点数が出ると同時に端まで達していないはずのインベーダー群が一段下がってUターンすることがあり、さらに場合によってはそのまま一気に下まで降りてくることもあります。」

 日本の市販パソコンゲームの市場、そしてパソコンゲーム業界が形成されていったのは、このインベーダーブームと、その後も続いたゲームセンターの活況の後押しがあった。そんな黎明期、1980年代序盤にかけてのパソコンゲームについて、のちにこんな武勇伝(?)がしばしば聞かれた。市販のゲームソフトを遊んでいる最中にエラーに遭遇したうえ、その原因のバグを自力で修正した【※】というものだ。
 なにしろ当時は、パソコンゲームの開発者といっても、『信長の野望』の襟川陽一氏のようなパソコン販売店の経営者や関係者、あるいはそこをたまり場にしていたようなマニアがほとんど。プログラミングも独学で身につけた向きが多く、ゲーム開発のノウハウも未発達で、遊ぶ側のほうがそれらの技量が上ということも決して珍しくはなかった。だから、開発者が見落としたバグを、遊ぶ側が直すということが起きえたわけだ。
 やがて、自らはほとんどプログラミングをしないユーザーも増えてゆくことにはなるのだが、いっぱしのマニアを自負する向きにとっては、バグもデバッグも到底“他人事”ではなかったといえる。

※日本の場合、1982年ごろまでのパソコンゲームは、市販品であってもBASICで作成され、変更が容易というものが少なからずあった。

「何でもすぐに『バグ』というのは、失礼です」!?

 さて、改めてアーケードゲームに視点を移すと、1983年初頭にはゲームセンターに『ゼビウス』が登場し、ビデオゲーム全般に「隠れキャラクター」を大流行させることになる。ところが、パソコンやプログラミングにあまり詳しくないプレイヤーの間では、この「隠れキャラクター」も含めたゲーム中の怪現象を、おしなべて「バグ」呼ばわりすることが、少なからずあったようだ。
 先鋭的なマニアには、それがいわゆる「にわか」丸出しの言動に映ったのだろう。このころから、ゲームソフトの紹介を主軸に据えたパソコン雑誌が、アーケードゲームの情報も扱い始めて人気を博すようになるが、それらの中でも以下のように、苦言が呈されることがあった。

「よく「隠れキャラクター」と「バグ」を混同している人がいるが、両者は全く違うもの。前者は開発者のシャレや隠し味だったりするのに対して、後者は“プログラムのミス”なのだ。安易に「バグだ! バグだ!」と騒ぐのはみっともないぞ。」『コンプティーク』1984年9・10月号「ゲームフリークのためのスタイルマニュアル」)

「Q おもしろい現象を報告します。ソーサラー(火を起こす魔術師)の出す炎(ファイアエレメント)にぎりぎりまで近づいて(剣が炎のなかにはいるほど)剣を出して収めると、火が消えるのです。これは、バグなのでしょうか?(中略) A 何でもすぐに『バグ』というのは、失礼です。これは、火が消えるまでガマンできなかったKNIGHTさんが作った、剣を振って火を消すプログラムです。」『ログイン』1985年1月号「ビデオゲーム通信 ドルアーガ情報局第4回」)

 一方この時期、ファミコンが日を追うごとに子どもたちの注目を集めるようになっていた。そんな中で小学生向けの漫画雑誌『コロコロコミック』が打ち出し、やがて汎用的な表現として日本中に広まったのが、「裏技」だったというわけだ。1985年4月号での次号予告で「だれも知らない禁じられたファミコンテクニック」、「コロコロファンのキミたちだけにしかおしえないひみつ技」などとあおった末、1985年5月号に掲載された「裏技」の特集記事は、子どもたちの間で大きな話題を呼んだ。

 しかし当然のことながら、「裏技」に言葉を変えたところで、隠れキャラクターなどの意図的に隠された要素と、バグが一緒くたにされていたことには変わりがない。マニアの目には、過激な言葉をぶち上げてごまかしているだけと映ったかもしれない。
 『コロコロ』のライバル誌だった『コミックボンボン』にも、そんな反応が確認できる。1985年6月号のファミコンソフトの攻略・怪現象紹介コーナーの冒頭に、「これがBUG(バグ)マル秘テクニックだ!」という、前号までにはなかったアオリが使われているのだ。「BUGとは、パソコン用語で、ソフトにかくされた落とし穴のことなんだ。」という解説もあり、「バグ」のほうが“由緒ある”言葉なのだとアピールする意図を込めていたと考えていい。

『コミックボンボン』1985年6月号より引用

 もっとも、ファミコンブームが小学生の低学年にまで及ぼうという状況で、「バグ」の意味をどう説明するかには苦心があったはずだ。『ボンボン』にしても、「プログラムのミス、欠陥」というような、ソフトの回収などの騒動につながりかねない表現は避けているし、翌月以降は「BUG」の使用頻度が明らかに減っている。
 この後の1985年夏に創刊する『ファミリーコンピュータマガジン(ファミマガ)』の「超ウルトラ技(テクニック)」や、同年秋から始まった『週刊少年ジャンプ』の「ファミコン神拳奥義」といった特集記事でも、裏技の類を「バグ」とすることはまずなかった。このようにファミコンを扱う媒体でも、有力誌はどちらかといえば「バグ」の使用を控え、これに対抗する比較的マニア向けな勢力はその逆という傾向が、おおむね1986年序盤までは続いていた。


それでも子どもたちに広まっていく「バグ」

 とはいえ、ファミコンブームが1985年9月登場の『スーパーマリオ』によりまさに大爆発する中、子どもたちの間にも「バグ」という言葉が少しずつ浸透していく。このころ継続的に「バグ」を掲げ、子どもたちに影響を及ぼした媒体としては、主にJICC出版局(現・宝島社)の『ファミリーコンピュータ必勝本』と、角川書店の『コンプティーク』が挙げられる。
 『ファミリーコンピュータ必勝本』は1985年6月に第1巻が発行され、その後半年ほどで3巻まで続刊されるという好評を博した、ファミコン攻略本のはしりのひとつだ。特に1巻と3巻では、表紙にも「バグ・隠れキャラ全集」と銘打って子どもたちの目を引いた。さらに1986年春に『ファミコン必勝本』として雑誌化した際には、裏技の類の紹介コーナーを「バグボーイ情報局」と名付けて、「バグ」という言葉を知っていることが最先端の証だという主張を鮮明にしている。
 一方『コンプティーク』は、1985年7・8月号でファミコン用『ゼビウス』の“無敵コマンド”をいち早く紹介して脚光を浴びると、翌9・10月号で「バグ&隠れキャラ大集合!!」と銘打った特集を組んでいる。同誌は先の引用にもみられるように、アーケードからパソコンまで各分野のマニアックなライターを擁していたこともあり、『必勝本』に対抗する意図があったのだろう。1986年2月号では「バグ&隠れキャラ大辞典」を別冊付録にし、その勢いをかって『マル勝ファミコン』が創刊されることになる。

 これらをはじめ、1986年前半にはファミコン雑誌の創刊が相次いだのだが、一方でこの時期のファミコンソフトは、ディスクシステムの登場のみならず、カセットでも大容量ROMの価格低下の恩恵を受け、プログラムやデータの規模が急速に拡大しつつあった。加えて、本連載の「クソゲー」の回でも触れたようにサードパーティーが続々と参入していたのだから、ソフトの規模に対してデバッグが不十分なケースが発生するのは、もはや必然だったといえる。
 それに対する子どもたちも、ファミコン雑誌にあおられて、鵜の目鷹の目で裏技の類を探し回る。結果として、画面が異常になる、ゲームが停止するなどといった事象が続々と明らかにされた。

 そんな中、『ファミマガ』1986年8月15日・9月5日合併号の「超ウルトラ技100+1」で、カプコンの『魔界村』の“技”が「スクープ! 魔界村バグ面大行進の巻だ」として紹介された。一方同じ『ファミマガ』でも、同年4月から5月にかけて『スーパーマリオ』のいわゆる「マイナス面」が紹介されたときの誌面には、「バグ面」という言葉は見当たらない。

『ファミマガ』1986年8月15日・9月5日合併号 (「ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータMagazine」付録DVDより抜粋)

 つまりおそらく、“技”を投稿するくらい熱心な読者からのハガキに、「バグ面」などの表現が当たり前に出てきていたのだろう。そしてそれが『ファミマガ』編集部にも許容されはじめたのが、この1986年の中ごろのことだったと考えられる。
 この後のファミマガでは、たとえば同年11月7日号に「画面上部だけバグってしまったゴエモンであった」という一文が登場するなど、「超ウルトラ技」コーナーで「バグ面」「バグる」などの表現が普通にみられるようになっていった。

内部の「バグ」と表層的な「バグ」

 こうして、ファミコンブームの渦中の子どもたちも「バグ」という言葉をカジュアルに使うようになった。結果として、ひと口に「裏技」などといっても、おおまかには次のように分類できるという共通認識はできあがったといえる。

1) 「隠れキャラクター」「隠しコマンド」など、開発側が意図的に仕込んだ要素
2) 画面やキャラクターの異常な表示をはじめとする、開発側の意図や想定を外れているとおぼしき挙動
3) 「キンタマリオ」に代表される、プレイヤー側のこじつけに近いもの

 ここでいう2)が、「グリッチ」に相当することはおわかりいただけるはずだ。ただ日本では、2)の中でもプログラムのバグとは言いがたい、プレイヤーの故意による異常な挙動まで、「バグった(バグってる)」と称されることが少なくなかった。
 具体例としては、電源スイッチを素早く入切したり、パソコンであればフロッピーディスクを勝手に入れ替えたりというようなものが挙げられる。パソコンの知識のあるマニアの中には、そんなものまで「バグ」呼ばわりするのはどうなのかという疑問を抱く向きもあっただろう。

 とはいえ、新語や外来語が受け入れられてゆく過程で、言葉のもともとの意味とは異なるが、表面上の印象には近いものが、ひとつにくくられてしまうことは、しばしばある。「ジュース」が、慣用としては、果汁や野菜汁と無関係なソフトドリンクも含むことがあるのがいい例だ。
 「バグ」も同様に、プログラムの誤りという内部的な“原因”ではなく、その“結果”として視聴覚的に認識される、表層の異常性と結びついた印象が、ファミコンブームとそれを支えた雑誌等の媒体によって確立したわけだ。これにより「バグ」は、電子機器全般の表層的な異常動作をも意味するようになった。
 たとえば、液晶表示のデジタル時計がもう電池切れ寸前で、表示が薄くなるだけでなく、数字が正しく読み取れなくなっているようなときに、まず間違いなく電池切れだと分かっていても、ぱっと見で「バグってる」と呼ぶ。これは俗っぽいのは確かにしても、ファミコンブームが直撃した40代以下の世代では珍しい話ではない。このような意味合いにおいての「バグ」は、「グリッチ」に直接置き換えられるくらい、ほぼ同じ言葉ということになる。

 もちろん「バグ」が、プログラムの誤りそのもの、あるいは内部的な論理の矛盾・考慮漏れなどの不都合を指す場合は、これに当てはまらないので、今後もそのまま使われ続けるはずだ。しかし、特に21世紀生まれの若い世代に関しては、「画面がバグってる」より「グリッチ」のほうが有力な表現になったとしても、そう驚く話ではないだろう。

あえて「バグってる」ゲームたち

 ところで、前々回の記事では、「リセット」をメタフィクション的に扱ったゲーム作品にいくつか触れた。
 これに似たようなケースとして、「バグった状態」、あるいは「グリッチ」をあえて演出として取り入れたビデオゲームもある。『スペースインベーダー』のデモ画面で「INSERT CCOIN」(「C」が重複している)などのメッセージのミスをインベーダーが直しに来るという仕掛けは、ごく初歩的なもののひとつだろう。

 音響面では、たとえば日本ファルコムが1985年に発売したパソコンRPGの大ヒット作『ザナドゥ』に、主人公の持ち物の中の食糧がなくなると、BGMが音痴になって“空腹”を表現する手法がある。
 また、セガが1988年にアーケード向けに送り出した『ゲイングランド』は、管理コンピューターが暴走した戦闘疑似体験施設が舞台という設定で、タイトル画面の映像と音響にノイズが使われている。エンディングには、管理コンピューターのメッセージとして表示される文章が、部分的に意味不明のままになっているという趣向も盛り込まれていた。
 文字や文章の異常についてはほかにも、表示枠を無視する、あるいは同じ場所にいくつも重ねて表示するなどの手法があるが、特にホラー的演出としては、これらの異常を突如繰り出して心理的インパクトを与えるといった使いかたも見受けられる。

 さらに、アマチュアや同人・インディーズの作品にしばしばみられる、パロディーやメタフィクションを主題に据えたゲームの中には、マップやイベントの仕掛けがそもそもバグだらけ(のように見える)というものもある(『Strange Telephone』『PARTIAL WORLD この不完全な世界 ver0.20』など)。
 そのようなゲームでは、たとえば「演出上のバグ」を回避したり逆手に取ったりして先に進むこと、あるいはバグを見つけ出すことそのものが目的になる。凝ったものでは、プログラムやスクリプトなど、仕掛けを構成しているコードに手を入れ、いわばゲーム世界を“再構築”してバグを解消することがプレイヤーに求められたりもする。

たとえば、ホラーアドベンチャー『Strange Telephone』では、世界の歪み具合(グリッチ)が画面左上に数値として示されている

 このように、ビデオゲームを題材としつつ、パロディーや謎解きとしてバグの回避・利用や解消を取り扱うという趣向は、漫画などとしては、「ファミコン漫画」が勃興した1980年代中盤から少なからず試みられてきた。ゲームを題材とした小説や漫画がネットで日々発表されている昨今では、もはや珍しくもないネタかもしれない。
 しかし、バグとの対峙を第三者として鑑賞するのではなく、プレイヤー自身がこれに臨んで試行錯誤するという、メタフィクションらしさが存分に込められた体験となると、やはりビデオゲーム以外ではなかなか味わうことは難しい。

※なお、やや趣旨が異なるが、ゲーム向けプログラミング環境の入り口としてこの種の体験を取り入れた例として、『ハックフォープレイ』が挙げられる。

 ただ、このようなビデオゲームは、開発する側にしてみると、規模のわりには骨が折れる代物に違いない。なにしろ、演出として“作り込んだ”バグをプレイヤーに味わってもらうわけだから、正真正銘のバグがあっては興ざめ以外の何ものでもない。開発者の心理としても、演出としてバグを作るという奇手を打つ以上、「ミイラ取りがミイラになる」のことわざを思い起こさせるような事態は、慎重に避けたいところだろう。
 であればこそ、この手のゲームの傑作には、「うまく説明できないほど優秀である」という誉め言葉として「バグってる」を贈りたい……とは思うのだが、うかつに使うと誤解を生じかねないところが、どうにも悩ましい。

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