40周年『ビッグコミックスピリッツ』が高い“実写化率”のワケ…骨太作品の裏にある脱アンケート至上主義

 1980年10月に創刊し現代まで、各年代を代表するマンガを輩出し、日本の青年誌シーンをリードし続けてきた『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)。40周年を迎えた同誌のすごさは、掲載マンガの圧倒的な実写化率。『美味しんぼ』『東京ラブストーリー』『あすなろ白書』『ピンポン』『20世紀少年』『闇金ウシジマくん』『映像研には手を出すな!』など、どれもキャストがすぐに思い浮かぶほど、印象深い作品になっている。映像化される骨太の作品が生まれる背景には、どのような編集方針があるのか?同誌編集長の石田貴信氏に話を聞いた。

■40年続く編集方針は“編集者至上主義”

 少年漫画界の雄『少年サンデー』と、大学生や若いサラリーマンを中心に人気の『ビッグコミック』。小学館がこの2誌の中間層をターゲットに、80年に創刊したのが『ビッグコミックスピリッツ(以下、スピリッツ)』だった。

 兄貴分的存在になる『ビッグコミック』は、68年の創刊から白土三平、 #手塚治虫#石ノ森章太郎#水木しげる 、さいとう・たかを、ジョージ秋山ら大御所による大人に向けた漫画を掲載。『ゴルゴ13』や『浮浪雲』などの長期連載の人気漫画を世に送り出すなど、漫画業界に青年漫画のジャンルを確立し、人気を牽引した存在。その名を冠するとあって、『スピリッツ』創刊にあたっては、何より「新しい息吹、新しい精神、スピリットを注ぎ込むこと」を考えたという。
 その代表的な挑戦が、アンケート主義への反発だった。

 60年代後半、『少年サンデー』、『少年マガジン』(講談社)に続き創刊された『少年ジャンプ』(集英社)は、後発ゆえに人気作家の確保ができず、若手を積極的に起用。読者アンケートで競わせ、部数を飛躍的に伸ばしていたことから、当時、業界では読者アンケートの結果を連載打ち切りや編集方針に反映する傾向があった。そんな業界の常識に『スピリッツ』は、「アンケートという得体のしれない怪物に振り回されるのではなく、編集者が本心から面白いと思う作品を世に送ることを大事にしたと聞いています」(石田貴信編集長、以下同)と真っ向から反発。現在まで40年続く変わらぬ方針だ。

「掲載作品を決めるプロセスはいくつかありますが、特徴的なのは年に数回行われるコンペです。編集部全員の投票で勝者が決まり、1位は必ず連載します。2位以下も内容次第で連載化される場合が多いです。面白いものに王道もマイナーもないという考え方から、王道、マイナー関係なく、面白いと思うものを連載化しています」(ビッグコミックスピリッツ 編集長 石田貴信氏/以下同)

 他の漫画誌と比べても高い実写化率を誇る『スピリッツ』だが、雑誌としての発信に対するこのこだわりが、常に“新しい作品”を探している映像関係者にとって、興味を惹かれるものであることは間違いないだろう。

■周年に歩みを止めず、次世代の『スピリッツ』を支える作家を発掘

 もうひとつ、実写化したくなる要因として考えられるコンセプトがある。40周年を記念して10月に刊行された『漫画家本SPECIAL スピリッツ本』には、初代編集長が88年1月に成人式を迎える読者たちに向けて、編集後記に「(スピリッツは)いつも、アナタ方の味方であり、仲間であることを約束します」と書いていたことが紹介されている。その言葉どおり、『スピリッツ』には、時代に合った身近な世界観の中で、共感したり、刺激を受けたり、感動したりと、読者に寄り添い、後押ししてくれるような作品が多いのだ。

 例えば、恋愛ドラマの金字塔といわれる『東京ラブストーリー』は、夢のようなキラキラした恋物語ではなく、地方出身の主人公と、都会的でエキセントリックな同僚女性の関係を中心に、東京に生きる若者たちのリアルな姿を描いた物語。また、ドラマ、映画にもなった『美味しんぼ』は、それまでの料理漫画とは一線を画し、リアリティあふれる描写と、友人や同僚に話したくなるうん蓄、食品に関する諸問題など、雑誌らしい切り口で人気となった。

 近年では、ワケありの債務者を容赦なく追い込む闇金業者を主人公に、人間の欲と社会の救いようのない闇をリアルに描いた『闇金ウシジマくん』、アニメーション制作を志す3人の女子高生が、「最強の世界」を目指して奮闘する姿を具体的なディテール描写で見せるとともに、漫画ファン、アニメファンに限らず共感できる“創作のときめき”を描いて人気となった『映像研に手を出すな』などがテレビドラマ化、映画化されている。

「実写化される作品が多いのは、人間ドラマの新しさと確かさ、エンターテインメントの自由な追求、読者の価値観を揺さぶるようなメッセージがあるからだと思います。ただ、それもまた、作家や編集者が、アンケートだけに頼らず、高い志をもってやってきた結果だと思います」

 その“高い志”の中にはこんなこだわりもある。

「“世の中に、心の活動の源となる力を届けたい”“読者が漫画の登場人物のそのときの感情や生き様を追体験することによって、その読者が現実世界に戻ったときの、ささやかかもしれないが確かな力になってもらいたい”という思いを大切にしています」

 そんな『スピリッツ』が40周年を迎えた今年、〈40周年記念連載確約漫画賞〉を実施し、新たなヒットを生み出すべく動き始めている。

「この先10年のスピリッツを牽引してくれるような作品、作家との出会いを求めています。個人的には王道のヒーロー物語や成長物語が見つかればうれしいと思っています。最近、編集部内のプレゼンでもそういう作品が少ないので。もし見つかれば、仮に受賞しなくても、お声がけしたいと思います。また、雑誌全体としては、価値観が揺さぶられる人間ドラマやドキドキ、ワクワク、意外な展開で目が離せない、そんな作品を増やしていきたいですね。創刊当時から変わらない方針ですが、きらりと光るナンセンスやゆるい漫画も大切なので、そちらもこだわっていきたいと思います」

 時勢に合わせて常に新しい息吹、新しい精神で読者を楽しませてくれている『スピリッツ』から、令和の時代は、どんな作品が実写化され、エンタメ界を賑わわせてくれるのか、楽しみにしたい。

取材・文/河上いつ子

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