カドカワの社長退任や『シン・ゴジラ』の舞台裏、そして教育事業に賭ける情熱とは?──川上量生・特別インタビュー

 知ってる人にはいまさらな説明になるが、電ファミニコゲーマーは、元々はKADOKAWAグループの中で立ち上がったサービスであり、ニコニコ動画の運営元として知られるドワンゴで運営されていたという歴史がある。
 それが、ドワンゴの業績悪化とそれに伴うKADOKAWAグループの再編の中でサービス中止が言い渡されたものの、当時、編集長を務めていた筆者(TAITAI)が継続を希望。事業自体を譲り受ける形で会社を興し、いまに至っている。

 普通だったら「袂を分かつ」みたいな見え方もする一連の動きなのだが、ドワンゴやKADOKAWAとの良好な関係は引き続き継続しており、インフラ部分は未だにドワンゴのエンジニアが担当していたりもする。サービス中止!という厳しい決断があった一方で、「これは良いメディアだから……」という温情めいたやり取りがあったからこそ、いま現在も電ファミが存続できているという背景があるのだ。

 そうした中で、ドワンゴの創業者である川上量生氏からの相談が電ファミ編集部に舞い込んだ。なんでも、「久しぶりにメディアに出たい。電ファミでこそ、話せることがあると思う」「他のメディアでは話せない、本音の話をしたい」と言うのだ。

 そこで電ファミでは、特別に川上量生氏へのインタビューを実施。ゲームの話題ではないものの、川上氏がここ最近行ってきた教育事業の話や、氏がドワンゴの会長やカドカワの社長を辞めた背景についてなど、普段は聞けないようなことまで踏み込んで聞いてみることにした。
 内容としては、以前、4Gamerで行っていた連載「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」のような、取り留めのない放談が中心となっているが、映画『シンゴジラ』の舞台裏や、ネットのコミュニティ論、教育論などなど、多岐にわたる興味深い話を聞くことができたので、ぜひご一読頂ければと思う。

 数年ぶりになる、川上氏との長時間に及ぶ対話(インタビュー自体は、途中の休憩も挟んで、合計10時間以上にも及んだ)から見えてきたのは、川上氏の根底にある「居場所を作る」というテーマかもしれない。
 ドワンゴの創業からニコニコ動画の立ち上げ、そして教育事業。その裏には、誰もが一度は考える「自分の居場所」というものへの問題意識があった。

聞き手・文/TAITAI
写真/佐々木秀二


不登校の子たちが行きたい通信制学校を作ろう

──取材という形で川上さんにお会いするのは、本当に久しぶりですね。今日は、主にドワンゴが運営している教育事業「N高等学校(以下、N高)」について話をしたいと伺ってますが、なんでまた、電ファミという媒体でそれを話そうと思ったんですか?

川上氏:
 本当に久しぶりですよね。いや、今回は、僕が約2年ぶりにインタビューなどを受けようと思ったんだけど、それをぜひTAITAIさんにやってほしかったんです。(※取材は2020年9月19日に実施)また、僕がここ数年、真剣に取り組んできた教育事業について、やっぱり立ち上げた自分がちゃんと話さないとダメだなと思って。

──なるほど。でも本来であれば、それこそ経済誌などで話すべき内容じゃないんですか?

川上氏:
 うん。もちろん、そちらで話す予定はあります。でも、ここでは、もうちょっと踏み込んだ話というか、本音を話すような場も必要だなと思って。それは電ファミがいいんじゃないかと思ったんです。
 あとはね、僕がカドカワやドワンゴの代表を降りることになって、いろいろなものが整理されて、TAITAIさんを含めていろいろな人に迷惑をかけてしまったじゃないですか。だから、ちゃんと謝ってもおきたくて。その意味でも、あの時に犠牲になったTAITAIさんのところで語るべきだなと思ったんです。

──分かりました。ありがとうございます。では、ちょっとゲームには直接関係ないかもしれないけど、今日は良い機会なので、最近の川上さんの考えていることだったり、いまやってる教育事業について、いろいろ聞かせてください。

川上氏:
 はい。なんでも聞いてください。

──これは、たぶん直接聞いたことはなかったと思うんですが、そもそも、なんでドワンゴで教育事業をやろうなんて思ったんですか? 最初に聞いたとき、僕は正直いって意味が分からなかったんです。いまの日本は少子化で子供は少なくなっているわけだし、市場としても小さくなっていくわけじゃないですか。教育に関してはまったく門外漢だったドワンゴが、なんで新規参入で入っていく必要があるんだろうって、立ち上げ当時は、とても疑問に思っていたんです。
川上氏:
 まあ、まず、少子化で減るのは日本を出ない限りは国内全部(の市場)だから、そこはあんまり関係ないですよね。
──じゃあ、言い方を変えて改めてお聞きしますが、川上さんは教育事業のいったいどこに、勝算というか、可能性を見出したんですか?
川上氏:
 それはやっぱり、「ウチがやる意義があるから」ですよ。

──意義ってなんですか?
川上氏:
 というのもね、まず最初にドワンゴと一緒に学校を作りたいと言ってきた人たちがいたんです。彼らが言うには、「いまの不登校の子たちって、大体ネットにハマっている」というんですよ。

──まぁ、そりゃ現実社会で活動の場がなければ、ネットにそれを求めるのは自然ですよね。

川上氏:
 うん。で、さらに「みんな、ニコニコを見ている」と言うんです。そりゃそうだろうなと。

(画像はニコニコ動画より)

──2013年〜2014年前後であれば、とくにそうだったかもしれませんね。

川上氏:
 そうそう。だから、そんなニコニコが作る学校だったら、行ってもいいかなって子がいるんじゃないかって話だったんです。僕は、確かにそうかもなぁと思ったし、それだったら僕ら作る意義があると思ったんです。
 要するにね、不登校の子たちが行きたい通信制学校っていうのがないんですよ。もっと重要なのは、友達に「自分はあそこに通ってるよ」と胸を張って言えるような通信制学校がない。そういう意味ではさ、ニコニコを見ているような子たちが行きたくなる学校を作る、彼らの居場所を作るというのは、むしろ本業じゃないかと思えたんだよね。

(画像はN高等学校・S高等学校(通信制高校 広域・単位制)より)

──なるほど。
川上氏:
 そういう世間のイメージを変えるような取り組みっていうのは、ドワンゴがずっとやってきたことだし。たとえばニコニコだって、政治を議論する場になるなんていうのは最初は誰も想像してなかったじゃないですか。そういうものを作るのっていうのは、僕らは得意だと思ったんですよ。

──そう聞くと、ドワンゴがいま教育事業をやってるのも、なんだか自然な流れに思えてきますね……。

川上氏:
 そうだよ。とても自然な流れなんだって(笑)

──いやでも、最初に川上さんから「教育事業をやるんだ」って聞いた時は、僕でさえ「え、なんで!?」って感じだったんですよ(苦笑)

N高は”ゆとり教育の理想”を体現した学校

川上氏:
 そうだ。N高の話をするにあたって、言っておきたいことがひとつあるんです。N高は、本当に教育を改革するつもりでやっている事業なんだけども、それはたぶん、世間が思っているストーリーとはちょっと違うってことなんです。

──どういうことですか?

川上氏:
 つまりね、みんなが思う構図としてはさ、文科省がいままで変えられなかったことを、民間企業が立ち上がって変えていくっていう、そういうものを想像していると思うんですよ。

──え、違うんですか?

川上氏:
 全然違う。実はN高って、もっとも文部科学省の言ってることに忠実に従っている学校でもあるんです。

──すいません、どういうことでしょうか。

川上氏:
 つまり、みんな文部科学省の悪口を言うじゃないですか。教育が変わらないのは保守的な文科省が何もしないせいだという漠然としたイメージをもっていませんか? でも、実際は文科省は何もしないわけではなくて、かつてのゆとり教育とか、昨年、炎上した英語入試改革とか、いろいろ変えようとしてきたことに世論が猛反発して潰してきたという歴史があるわけです。

──何もしないし、やるときは、とんでもないことをやる。そういうイメージは確かにありますね。

川上氏:
 そうでしょう? たとえば、ゆとり教育は日本の教育水準を下げただのなんだのって、すごく叩かれて潰されてしまった。その結果、何が起きたかというと、いまの子たちが苦しんでいる、詰め込み教育への回帰だったんです。あれは、ゆとり教育の否定で始まっているんです。

──そもそも、ゆとり教育って、1980年代以前の詰め込み型教育に対する問題提起(多様化する社会、価値観にそれだと対応できない)から生まれたものだから、むしろ戻ったということなんですかね。

川上氏:
 そう。戦後の詰め込み教育の反省自体はどう考えても正しかった。でも、結果として世の中がゆとり教育を潰して、詰め込み教育は改善されるどころか、さらに強化されてしまった。そうした状況の中で、いまの若い子は本当に勉強が大嫌いになっている。いま、N高ってすごく褒められていることが多いんですけど、いまN高が力を入れているアクティブラーニングとかアダプティブラーニングとかって、ゆとり教育が目指していた延長線上にあったはずで、ゆとり教育が潰されてなければ、とっくに日本の教育にもっと取り入れられていたはずですよ。N高が、やっていることなんて、新しくもなんでもない。

──なるほど……。それは興味深いですね。

川上氏:
 だから、みんな文科省が改革しようとしたときにさんざん叩いているくせに、教育が変わらない責任を文科省に押しつけるのはおかしい。世の中を変える改革なんて、すべて正しくやるのは難しくて、そりゃ間違いも起こりますよ。でも、それはまた直せばいいんであって、やるなと叩くのは違う。N高は、教育を改革する、という高い志を持ってやってるけど、それは反文部科学省ということではないよね。というか、なんだったら我々、むしろ文部科学省寄りですから(笑)。

ゆとり教育は、文部科学省の改革派の夢の跡

川上氏:
 ゆとり教育の話でいえば、ひとつ印象深いエピソードがあってさ。これは実話なんだけど、僕が結婚したときに、新婚旅行で嫁(※)と大喧嘩したんだよね。それも日本の雇用政策かなんかで(笑)。

※須賀千鶴:経済産業省に務める官僚。現在は、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター長を務める。

──その話は以前にも聞いたことがあります。
川上氏:
 それで、新婚旅行中だというのに、本当にすごい険悪になったわけ。で、そのときに僕は「経産省の政策の悪口はぜったいに言わないようにしょう!」と決めたんだけども、文部科学省の悪口なら大丈夫だろうってことで、ゆとり教育をバカにした発言をしたんだよね。

──いやいや。

川上氏:
 そうしたら、なんと嫁が泣き出したんです。嫁って人前で泣くような人間じゃなくて、これまでの結婚生活の中で、嫁の涙を見たのはそのときだけです。

──あらら。

川上氏:
 彼女が言うには、ゆとり教育っていうのは、文科省が戦後の歴史の中で、抜本的に改革を試みた最大の取り組みのひとつだったんだと。何も変えたくない人もたくさんいる中で、文科省内でも改革派の人たちが集まって、ゆとり教育を推進したらしいんです。

──でも結果的に、失敗の烙印を押されてしまった……。

川上氏:
 そう。世間に叩かれて、改革は撤回させられた。嫁の仲がよかった改革派の若手の多くも、その後、不遇を囲っている。そして、世間が叩いた結果、教育はよくなったかっていうと、その後のすべての改革に大きなブレーキがかかっただけだと、世の中はそれを望んだんじゃなかったはずと、彼女は泣いたわけです。

──何かことを起こすことがリスクにしかならないと、そうなっちゃいますよね。

川上氏:
 僕がこのエピソードから得た教訓はふたつあって、ひとつは経産省だけでなく、政府のあらゆる政策の悪口は言わないことにしようということ。どこに地雷があるか分からない(笑)
 もうひとつは、リスクとって改革に取り組んでいるひとの足を引っ張るのは、やっちゃいけないということです。
 結局のところ、みんな、表面的な結果しか見ようとしないじゃないですか。とくに状況が悪いところだと、だいたい問題が起こってるのって、何もやらないからじゃなくって、なにか”やれない理由”があることが多いんです。
 そういうところに切り込んでいって、火中の栗を拾うような人たち、問題が起こっているところで頑張る担当者っていうのは、とても危険な仕事をやっている人たちだと思うんです。
 でも、そういう問題が起こってるところっていうのは、世間的にはすごく批判されやすくて。そのときに、火中の栗を拾いに行った人をみんなが叩いちゃう。でも、それってさ、何も生産的なことを生み出さないよね。
──本来、リスクを背負って火中の栗を拾いに行く人たちは、それだけ信念があってやっているわけですしね。
川上氏:
 本当にそうなんだよ。でも、結果的には、ゆとり教育っていうのは失敗の烙印を押されてしまった。詰め込み教育が推進されるようになったわけだけど、ぶっちゃけ詰め込み教育っていうのは、いま不登校が増えている原因になっているよね。近年、不登校の子がこんなに増えているのって、当時みんなでゆとり教育を叩いたせいなんじゃないかって。

(画像は学校へ行けない人はなぜ増えた? 不登校の歴史20年間をふり返る(石井志昂) – 個人 – Yahoo!ニュースより)

──う、それは……。

川上氏:
 そもそも、いまの学校教育のほとんどって、文科省が推奨することをあんまりやれてないんですよ。

──具体的にはどういうことですか?

川上氏:
 たとえば、N高では、村上ファンドの村上世彰さんを招いて金融教育をやったりしてるんだけど、あれね、新しい学習指導要領の中に「これからは金融教育を推進する」って書いてあるんだよね。あとは、ちょっと前に #麻生太郎 を呼んで講演をしてもらったんだけど、あれも「主権者教育をもっとやりなさい」という文科省の指導に則っているだけなんです。でも、あんまりどこもやってない。
──それって、ほかの学校ができないのはなぜですか?
川上氏:
 やっている学校はあると思う。でも、ほとんどの学校にとってはめんどくさいだけで、やるメリットがないからね。でも、それは当たり前でさ。大きな変化をさせなくたって、授業料とかは毎月入ってくるわけじゃないですか。教育をビジネスと考えるのもどうかと思うけど、頑張ってやっても売上は上がらないし、先生の評価も上がらないし、インセンティブが働かないわけです。
──それよりも、いい大学に受からせたほうがインセンティブが働きますよね。
川上氏:
 これは文科省だけじゃなくって、文科省も含めた教育業界全体の責任で考えるべきですよね。文科省だけの責任にするのはフェアじゃない。
 そもそも、N高でやりたいことを調べると、だいたい文部科学省がやりたいこととして過去に書いてあるんです。でも、それが実際は教育現場でなかなか実行できないという事情が、過去にはあったということなんです。
 だからN高は、もともと文部科学省が示していた可能性を、具体的に実施してみせて、それが結果を出すことで、もっと教育政策の実効性だったり自由度を上げるほうに貢献したい。

──なるほど。文部科学省の提示する方針を、小回りが効く民間企業が率先して実践することが重要ということですか。

川上氏:
 文科省の指示通りにN高を運営しているつもりはないですが(笑)、でも、僕らがやったほうがいいと思いつくアイデアのほとんどは、とっくに文科省のだれかが考えていたことなんですよ。

『シン・ゴジラ』に協力した理由

川上氏:
 そういえば、これは公の場では話したことがなかったと思うんだけど、文科省のこととかで嫁と喧嘩した直後ぐらいに、庵野さんから相談を受けたんだよね。

──『エヴァンゲリオン』の #庵野秀明 (※)さんですか?

※庵野秀明(あんのひであき):日本を代表するアニメーター、映画監督。代表作は『新世紀エヴァンゲリオン』、『シン・ゴジラ』、『トップをねらえ!』『ふしぎの海のナディア』など。川上氏とは、スタジオジブリの #鈴木敏夫 氏などを通じて知り合い、意気投合。川上氏は、庵野氏が代表を務める株式会社カラーの取締役も務めるなど、とても関係性が深い。

川上氏:
 そうそう。そこで、どういう経緯だったか、いま話したようなエピソードを彼にも話したんです。そうしたら、いきなり庵野さんがね、実はそういう政治だとか官僚を単純に悪いって叩くんじゃなくて、政治家とか官僚たちが主役で活躍する日本で一番有名な怪獣が出てくる映画を撮ろうと考えている最中だと話し出したんです。

──おおお。それが『シン・ゴジラ』だったんですね。

(画像は映画『シン・ゴジラ』公式サイトより)

川上氏:
 そうなんですよ。で、それだったら喜んでってことで、僕と嫁が庵野さんの取材(映画作り)に協力することになった。だから、『シン・ゴジラ』制作における政治家とか官僚への取材っていうのは、基本的には僕らがアレンジしていたんですよ。

──川上さんが『シン・ゴジラ』に企画協力という肩書きで参加していたのは知っていましたが、そういうことだったんですか。

川上氏:
 うん。でも、取材に協力をしてくれた官僚の方々の名前は表に出ていません。映画のスタッフロールに載っていたのは、官房長官をやっていた #枝野幸男 さんと、あとは防衛大臣をやっていた #小池百合子 さんの二人だけ。官僚っていうのは、そういうところに名前を載せるといろいろと差し障りがあるので、嫁の名前も当然載っていなかった。

──そうだったんですね。

川上氏:
 でも本当は、『シン・ゴジラ』の取材で、一番お世話になった官僚の方がいたんです。井上宏司さんというんだけど、彼は、実は東日本大震災のときに官房長官秘書官だった人なんです。だからあのときに官邸にいた、まさに現場にいた官僚

──それは、かなり凄い人ですね。

川上氏:
 だから、井上さんが、震災のときに何があったのか、官邸の雰囲気とか状況の話をいろいろと助言してくれて。幹部レクってこうやるんですよとデモンストレーションして見せてくれたり。あとはロケ現場にも来てくれたことがありました。映画の中で(首脳陣が集まる)会議があったじゃないですか。

──総理や大臣たちがずらりと並んだ。

川上氏:
 官邸では、会議で総理が入るときに、みんなが起立して総理が座るのを待つとか、いろいろな作法があるんです。ちょうどロケを見学にきてくれていた井上さんが飛び入りで、起立と着席はこんな感じでやります、タイミングはこうですって、演技指導もやってくれたんですよ。

──なるほど。だからあの映画には、あんなにリアリティがあったのか。

(画像は『シン・ゴジラ』予告2 – YouTubeより)

川上氏:
 井上さんは、震災のときの官邸の現場にいたから、日本の機密とかは相当知っているはずだし、日本にとってとても重要な意志決定にも関わっているはずです。でも、そういうのって家族には、全然、話すことは出来ないわけです。まあ、それは当たり前なんだけど、官僚というのは重要な仕事をやっていても家庭では分かって貰えず、ただ「家に帰ってこないお父さん」とかになっていることが多い。井上さんには、なんのお礼もできませんでしたが、でも、この『シン・ゴジラ』に協力したという話をご家族にすれば、井上さんの普段の活躍が分かってもらえるんじゃないかって、嫁は僕に話していたんです。

──なるほど。数少ない家族サービスというわけですね。

川上氏:
 残念なことに、井上さんはその後、退官して、まだ、それほどたっていないのですが、今年の6月に亡くなられてしまいました。それで、うちの嫁が告別式にいったら、井上さんが『シン・ゴジラ』の撮影に協力していたのは、ご家族も知らなかったみたいなんですよね。そんなことまで家族にも黙っていた。官僚っていうのは、こういう人たちなんだって、凄く思い知らされましたよね。
 でも、じつは井上宏司さんは『シン・ゴジラ』の政府の描写のリアリティには、一番、貢献してくれたひとだったんです。それはちゃんと事実として残そうと、庵野さんも言ってくれて。この取材で話そうと思いました。


オンライン化によって改めて問われる学校の価値

──話は変わるんですが、コロナ禍の影響って、N高的にはどうだったんですか?

川上氏:
 一般的には恩恵を受けたところだと思われてますけど、今年の入学者数は予想よりも減ったんだよね。正確にいうと4月はじめの新入学生は多かったけど、途中からN高に転入してくる生徒が幅に減ったんですよ。なぜかというと、通信制の学校に転校する人って、それまでいた学校に行くのが嫌で転校する人が多いんですよ。でも、コロナの間は学校はやっていなかったから、きっと嫌になることも、なかったんです。

──なるほど。確かに、イヤになるキッカケもないかもしれませんね。

川上氏:
 なので、転校生の数は激減しました。学校が再開した7月ぐらいから増えてきて、8月〜9月はそれぞれ前年比の140%ぐらいまでいったんだけど、累計で前年比超えっていうのは、10月でやっと達成できそうなくらいですね。そういう意味では、いままで転入生は前年比150%くらいで推移してきたけど、今年度は着地が前年比の120%とかいけば御の字じゃないかな。

──ふむふむ。

川上氏:
 だから、転校に関しては打撃を受けたというのが正直なところでしょうね。ただ、来年4月の入学者数は相当増えると思う。

──それは、どういう見込みでそう思うんですか?

川上氏:
 単純に、資料請求の数ですよ。来年入学するための。中学3年生の資料請求率が前年比の200%ぐらいいってるんだよね。なので、転校生ではなくて、そもそもN高に行きたいという人がめっちゃ増えている。通信制の学校というのは、普通は転校が中心なんですよ。好んで行くわけではない人が多い。だから、新入生が少ないところが多いんだけど、N高の場合は、もともと半分以上が新入生なんですね。
 それが年々増えてきて、いまは7割ぐらいが新入生になった。だから、3割の転校生が伸び悩んでいても、そんなに大した影響はなくて。問題は中学3年生なんですよ。中学3年生の伸びが激増しているのは嬉しいですね。

──しかし、コロナウイルスの全世界的な感染拡大によって、否が応なくオンラインベースの教育のあり方や価値が問われているわけですけど、たとえば、アメリカの大学などでは、返金騒ぎなんかも起こったりしているじゃないですか。
川上氏:
 急場しのぎ的にオンライン授業とかやっても、正直なかなか難しいですよ。払った金額に相当するクオリティが担保できるかっていったら、かなり厳しいとは思う。

──授業の内容もあるんでしょうけど、それだけじゃなくて。たとえば大学の価値って、もちろん勉強そのものにもあるんだけど、そこで知り合う人たちとの人間関係だったり、将来的なコネクションみたいなものも、大きな価値だと思うんです。そういう学校のコミュニティ的な価値って、通信制の学校だと、なかなか持ててなかったりしますよね。

川上氏:
 N高は元々、ネット上に学校生活を再現するっていうのが最初のコンセプトだから。そこはむしろ根本ですよ。

──そのあたりの考え方って、川上さんが昔、ドワンゴでネットゲーム廃人たちを入社させて救ったような感覚とも通じるものがあるんですか? 才能はあるけど学校には行けなかった人たちへの救済というか。
川上氏:
 確かにドワンゴって、もともとそういうコンセプトで始めたものでもあります。MASAKI(※)とか、明らかに優秀なんだけど、コイツはどう生きていくんだ?っていうね。彼らは本当は能力があるんだけど、認められる場=活躍の場がないわけですよ。だから、彼らを認めてあげて、働く場所を作ろうと思って立てたのが、ドワンゴという会社を作った最初の動機のひとつでした。
 ただ……、いまふり返ると、あのときは務めていた会社がいきなり倒産して、気が動転してたってのも大きかったかな。正直、そんな理由で会社を作ったのは正気じゃない。気が迷ってたんだよね。

※MASAKI:ドワンゴ初期の廃人ゲーマー社員のひとり。どんな人間かは、4Gamerで掲載されている「あのとき君は,どうして「Player Kill」ばっかりしていたの?——ドワンゴ川上量生氏との対談企画「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第5回」を参照

──えええ(苦笑)。

川上氏:
 うん、いま思えば、あんな人たちを集めて会社をやろうっていうのは、本当にどうかしてた(苦笑)。
 その後、当時の社員がほとんど辞めてしまったことも含めて、いろいろ失敗が多かったと思っています。反省材料ですよ。

──そうなんですか? 「2ちゃんねる採用」とか、川上さんは、社会で居場所がない人の受け皿を作ろうっていうようなことを、ことあるごとにやっていた印象もありますよ。

川上氏:
 なんていうかな、ドワンゴでそういう人たちを雇ってはみたものの、彼らは「変でいることが自分のアイデンティティ」になっちゃっていたというか。だから入社した後も、いろいろなトラブルを引き起こす人が多かったよね。
 でも、これっていま考えると、学校教育の現場で起こってることと同じだったんですよ。生徒の面倒をちゃんと見る学校ほど、自分が心が病んでいるせいで面倒を見てもらえるんだと思い込んで、心を病むことが自分の拠り所になってしまうスパイラルが発生する可能性がある。

──それはなんか、ちょっと分かる気がします。

川上氏:
 そこで僕が思ったのは、「救う」という考えが間違いだった、ってことなんですよ。

──どういうことですか?

川上氏:
 つまりですね。世の中、ちょっとだけ外れてしまった、まだ「症状が軽い人」ってたくさんいるんですよ。「症状が軽い」たって病気みたいだけど、それにしたって世の中が勝手に決めつけているだけで、社会にちょっとだけ相性が悪い、ふつうの人間なんですよ。
 そういう症状の軽い人が不登校になりました。でも、本当は学校に行きたいんだけども行きたくない。それで、行けない自分を恥じている。そういう子たちが、「あなたたち不登校者向けの学校を作りました、どうぞ!」って言われて、行きたいってなるわけがない。
──確かに。

川上氏:
 だから、N高のコンセプトはなんなのかって言うと、そういう不登校の生徒も「普通の生徒」として受け入れるってことなんです。あくまで普通の人のための学校ですっていうのが、N高が掲げているコンセプトなんです。だから、ドワンゴ時代にやってた「おまえら廃人だから入れてやる」っていうメッセージ。出していたつもりはないけど、結果的には、そう受け取られてしまったのは、ちょっと失敗だったなと反省していて。

──まぁでも、初期のドワンゴがそういう人たちの居場所になっていたことは確かだと思うんです。

川上氏:
 それはそうかもしれないけど、「変でいることがアイデンティティ」になっちゃうと、やっぱりいろいろ歪んじゃう。そうじゃなくて、ただ普通に接すればよかったんです。だからN高というのは、あくまで”ネット上で普通の学校をやる”んです。学校生活だってネットで代替できる。ネットでできることは全部ネットで再現しようと。

──N高は、Slackでいろんな形のコミュニティが形成されているのが、他の通信制学校にない大きな特徴ですよね。クラスに部活、趣味のチャンネルまである。

川上氏:
 そのあたりは、まさにN高というか、ドワンゴの得意なところですよね。

──というか、ドワンゴは社内Slackも割とフリーダムですもんね。僕も始めて見たときは、「これはオンラインゲームのチャットルームか?」と見紛うような感じでしたし(苦笑)。

川上氏:
 TAITAIさんもそうだと思うけど、僕らは現実よりもネットにこそ居心地の良さを感じてきた人間だったじゃないですか。

──ニコニコも、革新的なネットサービスである以上に、居心地の良い場所としての側面が強かったと思います。

川上氏:
 うん。ニコニコもまさにそういう場所として機能していたよね。

──以前はネットが、現実社会で生きづらい人たちの逃避先として機能していた背景もありますし。

川上氏:
 匿名とかっていうのも、現実逃避の場だったんだよね。とくに2ちゃんねるとかはそうだった。だけど一方で、筋金入りのネットユーザーって、コテハン(※)つけたりするじゃないですか。あれって、ネット側にアイデンティティを求めた結果だと思うんです。

※固定ハンドルネームの略。

──そうかもしれませんね。
川上氏:
 ネットで人生のやり直しみたいなことをやるか、それともネット世界を現実世界のように扱うか、ネットに向き合うスタンスは2つあると思うんだけど。真性のネットユーザーは、どちらかというと、ネットが現実に置き換わるほうが可能性が広がると、僕は思っていて。

──そっちのほうがいいということですか?
川上氏:
 そっちがいい。現実空間っていろいろなものが制限されてるでしょう。とても窮屈なんですよ。でも、ネット上で別の人格や役割があれば、それは現実の制約とは無関係でいられるじゃないですか。
──でもいまって、そういうネットとリアル(現実)の垣根がなくなっちゃったじゃないですか。TwitterとかFacebookもそうだけど、ネットの人格は、もう現実と地続きのものとして扱われるし、むしろ実社会よりも不特定多数の人の目にさらされてしまうから、不用意な発言もできない。自由さよりも不自由さの方を強く感じられるようにもなってきましたよね。

川上氏:
 ニコニコ超会議を最初にやった頃って、ネットはネット、リアルはリアルで分断されていた、最後の時代だったじゃないですか。最初の超会議って、ネット文化をリアルに出現させる、ネットがリアルを侵食するんだ!って、そういうコンセプトでしたよね。

(画像はニコニコ超会議2020、入場券&ブース情報を発表!|ニコニコインフォより)

──そうそう。まさに日陰者だったネット民が、日の目を見るためのイベントだったと思うんです。だからこその熱狂みたいなものがあった。どの時代も日陰者って一定数いると思うんです。そして日陰者は、日陰に居場所を求めるじゃないですか。じゃあ、ネットというものがメジャーで日の当たる場所になったいま、日陰者ってどこに居場所があるんでしょうね。
川上氏:
 いまのネットはそれがすごく見つかりづらいよね。日向と日陰が混ざってしまっている。純粋な日陰の場所ってのはそうないんですよ。いまはかろうじてTwitter。あとは、それこそネットの奥深くだよね。
──LINEのグループだったり、ゲーマーだったらDiscordだったりするんですかね。
川上氏:
 オンラインゲームとかも、そういう場所として機能しているかもね。
──オンラインゲームって、いろんな人たちがゲームっていう軸を持つことによって仲良くなりますよね。たとえば、オンラインRPGのギルドの中には、めちゃくちゃ偉い会社の社長もいれば、中学生や高校生もいる。性別だってバラバラだけど、でも同じギルドで戦っている。そういう視点で見ると、N高というものが、コミュニティを形成するひとつの軸にはなり得るんですかね?

川上氏:
 コミュニティって、なにかテーマがあれば成立するんだよね。テーマは何でもいい。それこそ趣味で集まったりとかでもいい。でも、いまや趣味で集まるのも結構厳しいと思っていて。とくに若い子にとってはそうだと思うんです。なぜなら、もういまのネットの世界ってさ、趣味の世界もかなり濃い世界になっちゃってて、一見さんお断りみたいになってるじゃない。
──たしかに。
川上氏:
 そうすると、そこに対してN高っていう軸は、より入りやすい初心者用のコミュニティとして機能しう得ると僕は思っているんです。それに高校って、最後はみんな卒業するじゃん。つまり、古参が強制的にいなくなる。新陳代謝があるコミュニティなんです。だから若い人にとって最適なコミュニティがN高で作れるんじゃないかと。まあ、まだそこまでうまくはいっていないんだけども、ある程度はその目論見は成功していると思うのね。
──N高の、たとえば部活だったり、趣味のSlackのチャンネルがあったとしても、それも卒業したら卒業生はアカウントもなくなって、出ていくんですか?
川上氏:
 そうそう。
──なるほど。オンライン上のコミュニティとしては、それは珍しいかもしれないですね。オンラインコミュニティで適切に入れ替えが起こるものって、実はほとんどないというか、少なくとも僕は見たことがない。
川上氏:
 そう。それは大きいんじゃないかなと思ってます。
──コミュニティが衰退する理由って、ほとんどがメンバーが固定化してタコツボ化するところからですしね。
川上氏:
 承認欲求がとくに強いのは10代だから、そのときにタコツボ化していない新鮮なコミュニティが用意できるっていうのは、結構意味があるかなと思っています。ただ、そこでN高生がみんな盛んなコミュニケーションをやっているのかというと、そうでもない。ROM(※)のほうが多数派です(笑)。まぁでもネットコミュニティってそういうもんだし、一定数の人には、それなりに居場所は作れていると思う。

※ROM:「読むだけの人」を意味する和製英語「Read Only Member(リードオンリーメンバー)」の略。

──「居場所を作る」というのは、ドワンゴでの取り組みやニコニコにも通じる、川上さんの中のテーマなのかもしれませんね。

N高に麻生太郎を招く意味。自分の学校のことを外で話せるようになってほしい

──しかし、また話は変わりますが、N高って本当にいろんな分野の講演者を招いて、話題作りをしていますよね。

川上氏:
  そうですね。ちなみにTAITAIさんは、どうしてあんなことをやってると思います?

──それは正直、面白いプロモーションを考えるな、ぐらいの見え方はしちゃってました。相変わらず話題作りが上手いなと。
川上氏:
 それは、ちょっと心が汚れてるな(苦笑)。
──ええええ。

川上氏:
 僕がそんな単純なプロモーションとかやるわけがないじゃん。

──む。じゃあ、どういう目的があるんですか?

川上氏:
 いや、プロモーションという意味では間違ってないんだけど、それは外向きじゃないんですよね。N高のプロモーションは、外に対してプロモーションしているつもりは一切ない

──え、外にプロモーションをしない??

川上氏:
 要するに、N高のプロモーションって、実は全部内向きなんですよ。

──あ、もしかして、生徒のためということですか?
川上氏:
 そう。生徒自身が「うちの学校に●●が来たんだよ!」と言えるように。目的が違うんですよ。実際、統計調査もやって調べたんだけど、学校の選択って、人生の一大事じゃないですか。そういう人生の選択とも呼べるものを、テレビで紹介されていましたとか、何かの雑誌の記事で見ましたとか、そんなことで入学したいと思う生徒なんか、ほとんどいないんです。そんなことでは人生の決断はしない。
 もちろん、知ってもらうことで興味は持つ、資料の請求はするかもしれないけれども、そんなことで決めるわけではない。じゃあ、最終的に何で決めるかといったら、口コミなんです。たぶん、教育(学校)は全部そうなんですよ。

──なるほど。

川上氏:
 口コミ以外にありえない。だから、生徒が自分の学校のことを話題にできるようにする必要がある。生徒から発生する口コミを増やすべきなんです。その目的のためにプロモーションをやっているので。僕らがやっていることっていうのは、単純に生徒の満足度を上げて、生徒の口コミで増やそうと思っていて。口コミをしやすくするために世の中の話題を作っているだけなんですよ。
──それって、高級時計とかのCMの打ち方とまったく同じ構造ですね。たとえば、スイスの高級腕時計ブランドの「HUBLOT」って、直接時計を売るために宣伝するんじゃなくて、自社の時計を持っているユーザーさんが「話題のあれ、持ってるんだよね」って言えるように広告を打つらしいんです。そういう視点で掲載する媒体を選定するって話を聞いて、面白いなと思ったことがあります。
川上氏:
 そうそう。まさにそういう話なんだよね。
──自分の学校に対して、プライドを持ってもらうっていうか。
川上氏:
 N高でよかったねって言いたいし、言われたい。やっぱり、自分の学校のことって言いたいじゃないですか。だけど、通信制の学校って、普通は恥ずかしくて言えないんです。
──そうですねぇ。全部がそうではないんだろうけど……。
川上氏:
 だからN高では、あの人が来て教えてくれるんだよって、生徒が言えるようにしたいと思っているんです。最悪、愚痴だっていいです。「うちの学校、ほんと訳わかんないことばっかりやってすみませんw」って生徒から世の中に謝らせてあげれればいい。学校のことを外で話せるってことが、生徒のプライドを高めて、口コミを促進すると思うんですよね。

──それは生徒は喜びますよね。実際、自分の学校にプライドを持てない人って、世の中にはいっぱいいると思いますし。

川上氏:
 だから僕らは、生徒の満足度を高めるために、プライドを高めるために、頑張って世の中での話題作りをしているわけですよ。

──なるほど……。

川上氏:
 最初からN高に入りたいって、来てる生徒さんもたくさんいますけど、一方では、元いた学校になじめなくて、転校してくる人たちもいるわけじゃないですか。だから、なおさら自分が通わざるをえなかった学校というものに対してコンプレックスを持ってる子も多いと思うんです。そういう人たちが胸を張れるような環境を作るっていうのは、本当に大事なことだと考えているんですよね。

──とはいえ、そこで麻生太郎副総理を呼ぶっていうのも、なかなかユニークですよね。そもそも、麻生太郎さんはなんでN高に来てくれたんですか?
川上氏:
 ああ、そのへんのキャスティングの話も、できれば少し話しておきたいですね。というのも、一部では、ドワンゴの取締役に麻生大臣の親族がいるから(現在はいない)、呼べたんだろうと。そう思っている人がいるようなんだけど、まったく違いますからね。

──身内のラインからお願いするのって、むしろ一番難しいですよね。

川上氏:
 そうなんですよ。ある程度、キャスティングやブッキングをやってきた人なら常識だと思うんだけど、身内から行くのって、近いようで一番遠いんだよね。なんでかっていったら、みんなが出演してほしい人っていうのは依頼が殺到しているわけで、基本的にはそれを常に断っている状態なんです。そういう中で、身内や仲のいい人から「どうしても」って頼まれる話って、ただただ筋の悪い話でしかないからです。

──分かります。ただ、そうなると、余計に「じゃあ、なぜ麻生太郎さんがわざわざ出向いてきてくれたのだろうか?」というところが気になるわけですが。

川上氏:
 なぜ麻生太郎さんが受けてくれたのかは、正直わからないですが、たぶん、複数の理由があったでしょう。政治家がああいうときに何を気にするのかっていったら、まず大義があるかどうかですよ。その意味で、僕が可能性があると思ったのは、高校生に向けて説明するのって、罪がないじゃないですか。とくに偉い人ほど若い人のためになにかをしてあげたいと思っているから、N高だけじゃなくって、「全国の高校生に向けて講演してください」っていうお願いは、麻生さんの興味を引く可能性があるだろうなとは思っていました。

──なるほど。だからYouTubeなどでもオープンに放送する形だったんですね。ちなみに麻生さん向けの提案資料って、どういうものだったんですか?

川上氏:
 見ます? 特別なことは書いてないですけど、推敲に推敲を重ねて、この企画書だけで二か月以上掛かってます。こういう提案だったら受けてくれるんじゃないかとコンセプトを決めて、実際に資料に落としてみて、これじゃダメだと何回も修正をして。資料が完成してから、はじめて麻生太郎事務所に連絡をして、勝負を仕掛けたわけです。

──二か月ですか。でもまぁ、麻生さんを呼ぼうと思ったら、そのくらいの労力はかけるべきですよね。

川上氏:
 このくらいは普通のレベルですよ。それに、この手のキャスティングでは、いちばん最初に出る人がとても大事なんだよね。最初に誰が出るかが、その後のキャスティング全部に影響があるから

──ああ。それも本当にその通りですね。僕も「ゲームの企画書」という連載を始めるにあたって、いちばん最初に誰に出てもらうか?に拘って、企画自体を2〜3年寝かせましたからね。

川上氏:
 あれも、一番最初にポケモンを作った田尻智さんっていう、普段なかなかメディアに出てこない人が出てくれたことに、大きな意味があったんだよね。

──そうなんです。そうすると、二回目以降のキャスティングが、あの田尻さんが出てるんだったら自分もって、受けてもらいやすくなるんです。

(画像は「ゼビウス」がなければ「ポケモン」は生まれなかった!?———遠藤雅伸、田尻智、杉森建がその魅力を鼎談。ゲームの歴史を紐解く連載シリーズ「ゲームの企画書」第一回より)

川上氏:
 まさに。1回目っていうのは、できるだけみんなが納得する、この人の後だったら自分が出ていいって思える人を選ぶ必要があるんです。それもね、話が面白い人、ちゃんと勉強になるようなことを言ってくれる人で選ばなければいけないわけで。政治家でいうと、それが麻生太郎さんだった。現職の大臣ですしね。
 政治家ということでいえば、最初に野党の大物とかが出ると、たぶん2回目は与党の方を呼ぼうとしても、難しくなってしまうし、自分のほうが格上だと思っている人を呼ぶのも難しくなる。

──やっぱり、結構な手間暇をかけて、正面玄関から打診をしているんですね。

川上氏:
 そりゃそうですよ。みんな、仲がよかったら付き合いで出てくれるだろうと安易に考えるんだけども、そんなわけないんですよ。これには意義があって、本人も興味がありそうなテーマにして、なおかつ、それをやるリスクがありませんと言わないといけないんですよね。

──そうですね。

川上氏:
 あとさぁ、たとえば、麻生さんとかを呼ぶと、すぐにドワンゴは自民党寄りだのなんだのって言いたがる人がいるんですけど。そもそも、本当に公平にキャスティングをすることって、めちゃくちゃ難しいんですよ。

──自分のつながりがない人も呼ばないといけませんし、さっきの話じゃないですけど、いろいろな人間関係の力学に配慮しながら声をかけないと、そもそも成立しないですもんね。

川上氏:
 で、与党と野党のどっちが難しいかというと圧倒的に与党のほうが難しいわけです。
 そりゃ、頭の中だけで、まず与党からは安倍総理が出て、次の野党の枝野さんが出て──みたいなことを考えることは簡単だけど、じゃあそれをどう実現するんだよって話で。実際は、自分が持ってるつながりや縁の中でやりくりするしかないんです。


資本主義のルールの中で”いいこと”をやる限界を感じた話

──しかし、川上さん、本当に本気で教育事業に取り組んでいるんですね……。

川上氏:
 ちょ、いまさらなに言ってるの? ずっと真面目にやっていたんだって(苦笑)。

──いやでも、僕からすると、川上さんが教育事業に関心がある/あったというのが、やっぱり意外でして。

川上氏:
 関心というか、僕は基本的には仕事は真面目にやりますよ。それがいまは教育事業というだけで。ただ、どうせやるなら面白く仕事したいよね。
 それこそ、ドワンゴを作ったときからそうなんだけど、やっぱり「意味のあることをしたい」という願望はずっとあるんですよ。社会的に落ちこぼれたゲーマーを雇うことだったり、2ちゃんねるに入り浸ってる人たちに手を差し伸べることだったり、これまでもいろいろしたわけだけど。ニコニコを作った時だってそうで、ネットに居心地の良い場所を作ることで、それで救われる人がいっぱいいたわけじゃないですか。

──思い返せば、超会議一回目って、「ネット」と「リアル」が対立軸だったんですよね。あの頃は、まだ「ネット」と「リアル」に距離があったから……。
川上氏:
 ああ、そうだったねぇ。
──さっきも話に出ましたけど、ネットの面白いものを、リアルに現出させるんだ。ネットがリアルを侵食するんだ!っていうのが超会議のコンセプトで。ネットで盛り上がっているものをとにかくリアルの場で再現させようとしてましたよね。
川上氏:
 ああ、そうだねぇ。意味のあることをやろうとしてたよね。
──当時は、ネット文化はまだまだ”日陰の側”だったから、現実社会から見ると「なんだよあれ」と後ろ指差されているようなものでも、もっと表に出していって自信をもっていこうよ、みたいな空気感がありましたよね。
川上氏:
 ニコニコや超会議で政治家を出したのもそうなんだよね。要するに、ネットとリアルをどう結びつけるかってときに、政治家は身近なもので、自分たちが政治を動かせている感覚をネットの人たちに持ってもらうっていうのが目的だったんだよね。

──そのあたり、N高でやってる思想と通じるものがありますよね。

川上氏:
 「意味あることをやる」というのは願わくば「善いことをやる」ということだと思うんだけど、ただ一方で、資本主義というルールの中で”善いこと”をするのって、「これは結構無理があるな」という感覚もあって。ずっと悩んでいた時期があるんですよ。

──ん、どういう意味ですか?

川上氏:
 いや、ドワンゴで廃人ゲーマーを雇った件にしてもさ、TAITAIさんは知っているだろうけれど、結果的にはほぼ全員をクビにすることになったじゃないですか。純粋な経営って意味では、メリットよりデメリットのほうが大きかったからそうなったわけですよ。ニコニコ超会議にしても、宣伝になる!という建て付けでやってはいたけれど、経営的に本当にそこで何億円も使う必要性があるのか?というと、そこはどうしても疑問を持たれるわけですよね。

──でも、超会議は大反響だったし、イベントとしては成功したじゃないですか。ユーザーさんも喜んで、ニコニコやドワンゴのブランド価値も高まったのでは?

川上氏:
 そうなんだけど、要するに僕が言いたいのは、普通の会社が本業とは関係がない”いいこと”をしようとすると、なにか必ず言い訳が必要だってことなんですよ。

──ああ、なるほど。そういう側面はありますね。

川上氏:
 ユーザーさんのためになる、世の中のためになる、ひいては会社のブランドや認知も広まって、結果的に売上にも貢献しますよ!(たぶん)っていう。それ以外だと、自分たちの被害がない範囲で、小さな規模でやるっていうことにしかならないじゃないですか。

──営利目的の企業だとそうなりますね。

川上氏:
 でも、最近よくよく感じていることなんだけど、教育事業っていうのは、「善いことをやる」というのが、そのままビジネスの拡大につながりやすい。資本主義と”善いこと”が噛み合う分野じゃないかって思っていて、それが自分的には大きなモチベーションにもなっているんです。

──普通は、資本主義と”善いこと”が噛み合わないってことですか?

川上氏:
 だって、基本的に善いことをやるっていうのはお金がかかるじゃないですか。だから、やるかやらないかで言ったら、やらないほうがいいって結論になっちゃうよね。資本主義のルールだとね。
──善いことだけをやるならばってことですよね。
川上氏:
 そう。金のかかる善いことはやらないほうがいいということになっちゃう。それは当然だと思う。

──んんー。でも営利企業であっても、一定以上大きくなる、あるいは一定上続く会社って、なんらか社会の中での役割があって、社会に貢献してるからこそ存続できているわけじゃないですか。日本でいえば、明治期や戦後に創業した会社なんかは、社会の発展・幸福と会社の発展がイコールだった時期はあるんじゃないですか?
川上氏:
 でも、お客さんの幸福(≒社会の幸福)と会社の利益の、どちらを最大化させるかって視点で考えたら、営利企業は後者を最大化させる方に傾きがちだよね。

──それは確かに。ゲームで言えば、MMORPGでひたすらレベル上げなきゃいけない仕組みとかになっているのは、プレイヤーがやることなくて辞めてしまっては儲からないから、ああいうゲームデザインになるわけですしね。別に面白くするためにああなっているわけではない。

川上氏:
 そう。一月で全部遊び切っちゃって引退します、では困るわけですよ。資本主義って、そういう側面が絶対にあって。その中で善いことをするっていうのはさ、ユーザーに善いことをしてるっていう風に思わせるっていうのが重要であって。

──じゃあ、普通の企業がやる”善いこと”は、あくまでポーズであって、本気じゃないということですか?

川上氏:
 そうです。当たり前なんだけど、普通の会社で善いことをやるには、他でお金を儲けつつやるっていう前提があって、本当に身銭を切ってまでやるっていうところまで踏み出すかっていうと、それは非常に難しいわけです。”善いこと”はあくまで余力でやるもの、おまけでしかなくて、本業が苦しくなったら元も子もないでしょう。

──つまり、普通の企業だと、結局のところ”善いこと”も、利益の最大化のためというのが前提にあって、もし身銭を切ればもっと善いことの最大化ができるとしても、そこまでは踏み込めないのが問題だということですか?
川上氏:
 それが問題……ということではないんだけど、僕はそう感じているという話ですね。だから、さっきも話題に出たけど、善いことをやることによって、ブランドイメージをあげるっていうのがあるじゃん。でも、善いことをやり続けてるとさ、同じことをやっていてもブランドのイメージがあがらなくなるんですよ。だから、話題にならなくなったら、こっそり辞めるというのが最善手になる。ブランドイメージをあげるためという理屈を突き詰めると、合理的には、善いことをやるとは「目立つ形で、パフォーマンスが高いことをやり続ける宣伝の一種でしかない」っていうことになってしまう。でも、それってなんか違うじゃん。それって偽善だよね。
──それは、そうかも。
川上氏:
 ただの売名だよね。それってもはや”善いこと”じゃないんじゃないの? 営利団体、株式でいいことをやろうとするっていうのは、どうしても偽善的要素が入り込むことを防げないと思うんですよ。

──でも、リーディングカンパニーが市場そのものを押し広げるために、自社の収益に直接関わらない取り組みをすることってあるじゃないですか。
川上氏:
 それはただの投資なんですよ。投資として株主に説明されるわけ。リーディングカンパニーはマーケットを拡げるために投資をしなければいけないとか。もしくは、一時期無料にしてもこれは長期的にはもっと儲かるんだと。

──じゃあたとえば、昔、ソフトバンクが日本にインターネットを広めるんだっていって、全国でモデムを配ってたじゃないですか。あれはどうですか?
川上氏:
 あれは投資ですよ。最近も、PayPayでお金を配ってるでしょう。100億円とか何回もやってんだっけ。でもあれは、その後ですごい大儲けをしようと思っているわけだよね。

──なるほど。回収の見込みを立てた行動か、そうじゃないかというあたりが線引きになるんですかね。

川上氏:
 ドワンゴの事例でいえば、たとえば、ニコファーレを作ったり、そこでネット党首討論をしたりというのは、日本のネット文化を広めるのに貢献したと思うんだけど、あれがビジネス的にはプラスかマイナスかって考えたときに、かけたお金から考えると、まったく回収の見込みが立ってなかったわけです。純粋な数値を見たうえでの経営判断として考えると、間違っていたと言わざるを得ない。

──ネット党首討論は、ドワンゴ在籍時代に僕も携わらせてもらいましたが、ネットの生放送企画って意味では、とんでもない金額感の番組ですよね。あれを全額ドワンゴが持ち出してやっていたのは、凄いことだと思います。

川上氏:
 もちろん、当時は「これは世の中に対していいことだし、宣伝にもなるんだ!」って言い張っていたけれど(苦笑)。でも、これをやっていればドワンゴは将来ボロ儲けだ!なんて、役員を含めて誰も思っていなかったと思いますよ。

教育は、資本主義と”いいこと”が噛み合う分野

──”いいこと”が普通の会社ではやりづらいという話は分かったんですが、さっきお話に出た「教育事業は資本主義と”善いこと”が噛み合う」ってところを、もう少し具体的に聞いてもよいですか。

川上氏:
 これまでの話でもあったと思うんだけど、N高っていうのは、本気でいまの教育業界の問題に対して向き合っている事業なんです。でも、これからN高が拡大していくにつれて、N高に対して文句を言う人たち、あるいは警戒をする人たちっていうのが、たぶんだけど、出てくるだろうと思っているんです。

──それはまぁ、新しい取り組みをしようとすると必ずおきる類のことですよね。

川上氏:
 で、そういうもの対して、僕らはどう対応すべきかって話なんですけど、僕は、ひたすら善いことを積み上げることによって、そういう反対意見を封じていけると思ってるんです。僕らは最新のテクノロジーを使って教育改革をやっているし、教員の待遇改善みたいなこともやっています。教育っていうのは公のものだから、そうしたら「これはN高だけでいいのか。もっと広めるべきでは」という議論にもなりますよね。

──ふむふむ。

川上氏:
 要するにね、ドワンゴでN高──ひいては教育事業をより大きくしていく取り組みっていうのは、僕たちがどれだけ社会にとって必要な存在になれるか次第というか、社会からの必要度に応じて、N高がどこまで「大きくなっていいのか」が決まるものだと思っているんです。
 善いことをやればやるほど、N高が大きくなれる上限(ビジネスの上限)が広がっていくんだと思っていて。そうすると、いままで僕が無理やりやっていたことっていうのが、教育ってジャンルだったら本当に成立する可能性がある。

──大きくなれるのかじゃなくて、「なっていいのか」という視点は面白いですね。

川上氏:
 N高が本当に善いものであったら、日本のためにもっと増えたほうがいいよねってなったら、きっとそれは許されるでしょう。ある種、こういう公のところの事業領域では、善いことをやり続けるというのが、資本主義の原理とも反しない形で、構造的に作れるんじゃないかと、僕は思っている。

──なるほど。川上さんなりに教育事業への展望というか、自分がコミットできる理由があったんですね。

川上氏:
 うん。まあ、教育業界に僕みたいな人はいないと思っているけど(笑)。でも、だからこそ、こういう資本主義と折り合いをつけてやっていくみたいなことを、僕は、たぶん他の人よりもうまくできると思う。だから、教育業界っていうのは、実は僕の天職じゃないかと思っているんです。

(画像はN高等学校・S高等学校(通信制高校 広域・単位制)より)

教育の多様性、エリートの多様性を取り戻したい

川上氏:
 そもそも、いまの教育事業って、本当に改善すべきところが、たくさんある分野なんですよ。

──そうなんですか? なんとなく、「堅い業界」というイメージはありますけれど。

川上氏:
 「堅い」「変わらない」ってイメージがあるでしょう? でも教育って、本来はハイテク分野だったはずなんですよ。国の最高の叡智を集めて、制度とインフラの両面から力を入れるべき分野が、教育というもののはずなんです。

──教育システムのレベルは、国力に直結するもののひとつですしねぇ。

川上氏:
 でも、そうなってない。ずっと変わってないから、いまの教育ってローテクになっちゃってるんです。現代のテクノロジーとの融合だって、どこまでできていますか? 未だにアナログなやり方が主流じゃないですか。そういうところに対して、僕らみたいなIT企業が貢献できることは多いと思うし、やるべきだとも思うんです。

──なるほど。

川上氏:
 そもそも、明治時代に、日本で東京帝国大学ができたとき、あれが社会的に見るとどういう装置だったかっていうと、百姓の子でも、商人の子でも、勉強さえできれば日本のエリートになれる。それが東京帝国大学の最初の意義だったはずじゃないですか。
──そうですね。身分制度を壊すものとして機能していたと思います。
川上氏:
 にもかかわらず、いまは統計を取ると、一流大学の進学率って、親の平均年収の多さと比例しているみたいな結果も出ている。幼稚園ぐらいから英才教育をやっていて、もうエリートしか知らない子供がそのままエリートになっていってるような状況じゃないですか。
──そのあたりの教育格差というのは、日本よりもアメリカなどで大きな問題になりつつありますよね。親の年収が1000万円以上ないと、一流大学への進学率が低いみたいな統計データが出ていて、教育の仕組みが社会階層の固定化の要因になっちゃってるという。

川上氏:
 そうそう。教育の多様性、エリートの多様性が損なわれた結果として、現代の身分制度みたいなものになってしまっている。N高では、日本のエリートに多様性を復活させたいわけです。教育をハイテク化させることで、これまでお金持ちしか受けられなかったものでも、誰でもオンラインで、かつ安いコストで提供できたりもするんです。
──ふーむ。
川上氏:
 いまの高校っていうのは偏差値で輪切りされた学校で、とくに私立では家庭環境や価値観も同じような人が集まっていて、進学実績の高い学校になるほど収入も多い家で固まってしまう。N高はそうじゃなくて、いろいろな家庭環境で価値観も違う生徒が混じり合っている。そういう環境で学んだ人間をこれからの時代のエリートとして輩出するようにしていきたい。
 ほかにも、いまの学校の問題って、教職員の過重労働なんです。学校の先生はいろんなことをさせられていて、生徒の相手をする時間がまったくとれない。それでN高では、シングルマザーを雇って事務作業をやってもらって分業をしていて。先生でも定時に帰れます、生徒と向き合う時間も取れますっていうのをやってたりもするわけです。
──なるほど。うーん、川上さんっていま、そんなことを考えているのか……。
川上氏:
 カドカワの社長を辞めてからは、教育について考えられる時間が増えましたね。でも、善いことをし続けてもいいって、幸せな仕事ですよね。社会的に善いことをし続けることが、資本主義下でのビジネス的な拡大にも繋がっていく。これはちょっと痛快だし、やりがいがある仕事ですよね。
 さっきから善いことをしたいとか、善人みたいな発言を連発しているのが教育業界に染まってきているみたいで少しイヤなんだけど(笑)、善いことをしたいというのは、僕の本分とは思ってないんだよね。そりゃ、どうせならしたいけどさ、すべてを賭けた人生の目的じゃない。
 善いことをして結果、ビジネスで成功できるとしたら、痛快じゃん。だれも本気でそんなことが世の中にあるとは思ってないから。
 教育業界で自分がどんな仕事ができるかと思ったら、それがいちばん面白いテーマに思えたんですよ。結果的にみんなも幸せになったら、こんな素晴らしい仕事はないよね。

川上さんが社長を降りたときの経緯

──そういえば、普段なかなか聞けないので、この機に聞いてみたいんですけど、川上さんがカドカワの社長を降りたり、ドワンゴの役員からも身を引いたときの経緯ってどういうものだったんですか?
川上氏:
 うーん、最初のキッカケは、当時ドワンゴの社長だった荒木さん(※)が責任を取って辞めると言ったことでした。2019年の1月、正月明け最初の打ち合わせだったと思う。正直、それまで僕は辞める気はまったくなくて、大変な状況だったけども、ここからどうやって盛り返そうかと考えていたんです。

──責任ある立場を退くのって、普通の人が思ってるよりややこしいですよね。

川上氏:
 そうですね。でも、荒木さんが辞めるのであれば、それは僕も付き合わざるを得ない、と思いました。なぜなら、ドワンゴ内で僕がやりやすい環境を作ってくれていたのは荒木さんだったし、その僕が自由にやった結果として業績が悪くなって荒木さんが辞めるのだとしたら、荒木さんだけにその責任を取らせるわけにはいかないと思ったんです。

※荒木隆司(あらきたかし):元ドワンゴ代表取締役社長。京都大学経済学部を卒業後、株式会社東京銀行(現:三菱UFJ銀行)に入行。エイベックス・グループで数々役職を歴任したのち、ドワンゴの代表取締役社長に就任した。2019年の業績悪化による再編により、KADOKAWAグループ各役職からは辞任している。

──へー、荒木さんから言い出したことだったんですね。

川上氏:
 そうなんですよ。それで、すぐに角川会長(※)のところに行って。角川会長からは、「次どうするんだ」みたいな話になったわけだけど、角川会長のほうから、夏野さん(※)がいいと思うって話が出たんです。僕も、夏野さんが社長をやってくれるのであれば大賛成だったので、それに賛同して。

※角川歴彦(かどかわつぐひこ):株式会社KADOKAWA取締役会長。メディアワークスの創業、数々の雑誌の立ち上げなど、現在のKADOKAWAグループのベースとなる数々の事業を手がける。

※夏野剛(なつのたけし):株式会社KADOKAWA取締役執行役員、株式会社ドワンゴ代表取締役社長。iモードを立ち上げたメンバーのひとりとして知られる。NTTドコモ時代では、マルチメディアサービス部の部長や執行役員などを歴任。

──なんで夏野さんに、という話だったんですか?

川上氏:
 いや、夏野さんって、そもそも本当はもっと凄い人というか、ドワンゴなんかの社長をやる人ではないんです。もっと大きな舞台で指揮を執るべき人で、だから、これまでは僕から「社長をやってください」なんてお願いはとてもできませんでした。だから、そんな夏野さんがもしドワンゴの社長をやってくれるのであれば、それはなんの異論もないですよね。

──へええ。夏野さんと川上さんって、そういう関係だったんですね。

川上氏:
 だって、僕から見たら夏野さんは神様なんですよ。日本で世界に通用するビジネスをやった人ってさ、近年のIT業界だと、夏野さん、久夛良木さん、岩田さんぐらいだよね。あと、まあ孫さんを入れても、その4人ぐらいですよ。これ以外っていうのは、なかなか世界に通用するビジネスをたちあげた経営者ってIT業界にはいないわけですよ。でも、夏野さんは結局、NTTでは取締役にもなれずに去っていったわけじゃない。
──ふうむ。

川上氏:
 だから、僕から夏野さんにドワンゴの社長をお願いするのは気が引けていたし、夏野さんが受けてくれるとも思っていなかったんです。
 でも、さっきみたいな話の流れになったので、僕から夏野さんに「社長をやってください」とお願いをすることになった。そうしたら──。

──そうしたら?

川上氏:
 「ここで受けなかったら男じゃない」って快諾してくれたんですけど、同時に「できれば、もっと早くに言ってほしかった」って言われたんですよね。それは意外な言葉でした。

──夏野さん、ドワンゴにそんなにコミットがあったのか……夏野さんって飄々としてるから、そういう内側の思いが見えづらい人なのかもしれませんね。
川上氏:
 僕は、そこまで夏野さんが思ってくれているとは考えていなかったから、とてもびっくりしました。ともかく、そういう経緯で夏野さんに社長を頼んで。僕は、夏野さんや現場を統括していた栗田さん(※)がやりづらくならないように、しばらくは表に出ないことにしました。

※栗田穣崇(くりたしげたか):株式会社ドワンゴ専務取締役COO兼niconico代表。Iモードの立ち上げメンバーのひとり。

──なるほど。そういう経緯だったんですね。いまだから言えますけど、川上さんが社長を退くときに、全社向けの生放送で謝罪会見みたいなものをやったじゃないですか。あれを見て、やっぱり川上さんは辛そうでしたし、その後、僕もドワンゴを辞めてしまって川上さんとは接点が少なくなってしまったので、結構心配していたんですよ。

川上氏:
 いやぁ、あの時期は、社員や自分の大切な人たちに迷惑もかけてしまって。さすがに僕もしばらくヘコみましたよ。でも、社内向け謝罪放送で、僕が沈痛な表情をしていた件ですけど、あれはちょっと事情があったんですよね。
 じつはあのときの社内向け放送って栗田さんにやってくれって頼まれて、渡された原稿を読んだだけだったんですよね。僕はこれは、ドワンゴの会長として最後にやるべき仕事だと思いました。で、仕事としてやるからには、原稿を読んでいることをバレないように、カメラの向こうに置いた原稿をめちゃくちゃ目を細めて見て、難しい顔をしてしゃべったんですよ。そしたら想像以上に沈痛な表情になっていて、なんか玉音放送みたいな雰囲気になっちゃった。どうしようかと思ったんだけど、ショック受ける社員も多いかもしれないけど、これぐらいが丁度いいと思ったんですよね。

いまでも「ネットは楽園」だと思っている

──そういえば、普段話しづらいこと繋がりで言うと、僕は川上さんについて、いつか記事にできないかと思ってることがあるんです。

川上氏:
 んん、いきなりなんですか?

──いや、川上さんって、とくにカドカワの社長になったあたりから、世間から凄く「権威」「権力側」として見られるようなったじゃないですか。それがレッテルとして貼られてしまっていて、どんな発言もすぐに「ポジショントークだ!」と捉える人が増えていったと思うんです。
 たとえば、それこそ僕が4Gamerで川上さんの連載をやっていた時代には、みんなが川上さんの意見を面白がってストレートに受け止めてくれたのに、そうじゃない空気みたいなものが膨れ上がって行くのを感じていて。

(画像は任天堂・岩田氏をゲストに送る「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」最終回——経営とは「コトとヒト」の両方について考える「最適化ゲーム」より)

川上氏:
 まぁ、それはある程度は仕方がないことなんじゃないですか。また、あえてそういう風に立ち振る舞っていた節もあるし(苦笑)

──でも、僕から見た川上さんというのは、そんな器用に忖度できるような人間じゃないというか。川上さんなりのポリシーや譲れない矜恃みたいなものがあって、ずっとそれに則って行動しているだけだよな、と感じていて。

川上氏:
 うん。少なくとも僕自身は、何かに忖度して発言や行動を変えたりしているつもりはないですよ。

──その意味では、以前、川上さんに「なんで、Twitterで変な人と議論するんですか?」という話を聞いたことがあったじゃないですか。どう見ても支離滅裂なアンチみたいな人に、わざわざ返信をしていたりして。なんの意味があって、そんなことをしているのかが不思議でならなくて。そのとき返してくれた理由が面白かった記憶があるんですけど、改めて聞かせてもらってもいいですか。

川上氏:
 ああ、その話ですか。それはですね、僕は、Twitterでケンカする相手は選んでいて、あえて「この人、めちゃくちゃだな」って人を中心に喧嘩をしかけていたんです。そういう人を相手に、「お前の言ってることめちゃくちゃだよ!」って言うことにしているんですよ。

──どうしてまた、そんなことを?
川上氏:
 ひと言で言うと、そういう人たちこそが、僕自身とも重なるというか、共感できるから。

──昔の自分に見えるんですかね。
川上氏:
 昔というより、自分自身がいまこうなっていたとしてもおかしくない。自分もこうなっていたかもしれないという、僕という人間の可能性のひとつに見えるんですよ。

──なるほど。

川上氏:
 昔さ、座敷牢というのがあったじゃないですか。家族や一族の中で、素行が悪い人や精神状態に不調を来した者が出たときに、監禁するために造られたというあれです。

──昔は、そういう人を「一族の恥だ」として、世間の目から隠そうとしたという。

川上氏:
 そうです。それって、いまの時代でいうなら、引きこもり、ですよね。「子ども部屋おじさん」とか、現代の座敷童ですよ。昔の時代は、そこから外に出ることなく、座敷牢に監禁されたまま死んでいったわけですけど、それがネット時代になって、家の中からでもネットという手段でもって、外の世界とアクセスできるようになったわけです。

──そういう見方もできますね。
川上氏:
 そういう社会から断絶された人たちは、これまでは世の中に対して発言できなかったのに、ネットというテクノロジーによって発言できるようになったんです。これって、僕は基本的にはすごくいい話だと思っているんですけど、その結果、何が起こったのか。その社会から断絶された人がネットでどんなことを発言したかっていったら、いまの世の中に対する恨みだったんです。

──な、なるほど。

川上氏:
 でも、それって当たり前だと思うんです。自分を不遇な扱いにしたこの世の中を、恨んでいて当然じゃないですか。だから、実社会に居場所を持てなかった人が、ネットで自由に動けるようになったのだとしたら、暴れ回っているほうがむしろ自然な行動だと思うんです。

──ふーむ。

川上氏:
 だけど、いまのネット空間では、そういう罵詈雑言を並べ立てるような人を、無機質にフィルタリングしたりブロックする方向に進んでいますよね。つまり、ネットの世界においてさえ、そういう人は隔離されようとしている。ネット版の座敷牢みたいなものとして、ネット上の問題児を世の中から排除しているように思えるんですよ。

──たとえばTwitterだったら、変なクソリプが飛んで来たら、普通はブロックしてオシマイですよね。議論や反論などするだけ無駄だから。

川上氏:
 普通はそりゃ、ブロックして終わり。スルーして終わりですよ。でもさ、現実社会では居場所がなくて、友達もいなくて。ネットではじめて発言ができるようになった人に対して、もう一回ネットでも排除するんですかって、僕は言いたいんですよ。
 2ちゃんねるやTwitterで酷い発言が飛び交うっていうのはさ、いままで社会のみんなが目を背けて、なかったことにしていたものが、良くも悪くもネットで可視化されたってことだと僕は思うんです。それをもう一度なかったことにするんですかと。僕は、世間のありように実は怒っているんです。
──確かに、そういう人がネット上でさえも居場所を奪われたら、本当に逃げ場所がなくなりますね……

川上氏:
 そうでしょう。そこでさっきのN高の話とも被るんだけど、そういう問題児ってどう接するべきなのか。やっぱり、ちゃんと向き合うことなんじゃないですか。隔離/排除するんじゃなくてさ。だから、僕はそういう人たちに対して、「お前がやっているのはこういうことだぞ」っていうのを返信してあげる。

──そうしないと、その人がネット上でも排除されてしまうから。思い直して更生する可能性が生まれるように、ですか。

川上氏:
 まあ、更生してやるなんて上からなことは思ってませんけどね。真剣に相手をしてあげたいんです。うん。僕はやっぱりね、いまでも「ネットは楽園」だと思っているんです。
 実社会で排除された人でも、存在を許されるのがネットという世界だから。だから、そこでもう一回排除したらダメだと思うんです。
 そのためには、罵詈雑言には、僕も罵詈雑言でやり返すんだけども(苦笑)、ちゃんと真剣に向き合って相手をするべきだと思うんですよ。だって、いまや、罵詈雑言を罵詈雑言で返す相手もいないでしょう?

──うーん。やっぱり川上さんっていう人は、立場や年齢が変わっても、ずっと一貫したポリシーや考え方で行動をしている人間なんだなと確信が持てました。ただ、その考え方やポリシーがちょっと特殊なものだから、他の人からは理解されづらいだけで(苦笑)。

川上氏:
 ええー。そうかなぁ。まぁ、さっきみたいな話は、理解されるのは難しいだろうね(苦笑)。まあでも、理解されやすいことは、他にやってくれる人がいくらでもいるから、僕は世の中に理解されないだろうことをやりたい。

──いやでも、今日は、いろいろ話せて本当に良かったです。自分的には、川上さんが相変わらず元気にやっていて、また全然変わってないなってことが確認できて良かったです。

川上氏:
 本当にね、今日は、何時間話したんだろう? こちらこそ、ありがとうございました。
 そして、最初にも話しましたけど、僕が社長を降りることになった時は、TAITAIさんにはたくさん迷惑をかけてしまってごめんなさい。あの時は本当に申し訳なかったなって、ずっと思っていたんです。


 オンラインゲーム中心の開発会社として産声を上げたドワンゴだが、実は今日に至るまでに、何度かの大きな事業シフトを行っている会社でもある。ゲーム事業から着メロサイトなどの携帯電話向けのサービス、その次はニコニコ動画というネット動画サービス。そしてここに来て、今度は教育事業という、まったく新しい分野で、新たな挑戦を行っている。

 なぜ、そのような事業シフトが可能なのか? それは川上氏の自由な考え方や、独特の視点に起因すると思うわけだが、今回の取材でも、その一旦は垣間見えたような気がすると思うが、読者の皆さんはいかがだっただろうか。

 筆者が思うに、川上量生という人物の面白さは、なによりも他の人とは違う物の見方だったり、その”思考の深度”のような部分にあると思っている。
 これは、ドワンゴに近しい人物でいえば、ひろゆき氏などにも感じることだが、同じものを見ていても、普通の人よりも見えている情報量が多いというか、そういう凄みを感じる数少ない人物だと言える。

 たとえば、普通の人から見るとツルツルに見える部分でも、「見えている解像度」が高いがゆえに、その表面にあるブツブツやトゲみたいなものまでも見えているような感じとでも言えばよいだろうか。まぁ、だからこそ、普通の人とは話が噛み合わない──同じものを見ていても、違うものに見えているから──ことも多いわけだが、こうやって噛み砕きながら話を聞いていくと、その面白さに魅了されてしまう自分がいることに気づく。
 今回のインタビューでも、そんな川上氏の凄みや魅力に、改めて触れることができたような気がしている。

 また、この取材を通して、筆者が改めて川上氏から感じたのは、彼の行動理念や考え方の中に、”居場所を作りたい”“作ってあげたい”というテーマがあるように思えたことである。それは、彼自身が引き篭もり体質であったことや、突飛な発想や考え方をする人特有の孤独さから来るものなのかもしれない。

 さまざまな事業を経てきて、その才能を「教育」という分野に向けて邁進している川上氏。彼ほどの人物が真剣に取り組む事業が、これからいったいどんな発展を遂げていくのか。自分の専門分野とジャンルは違えど、その動向をこれからも見守っていきたい──そんなことを思った取材であった。

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カドカワの社長退任や『シン・ゴジラ』の舞台裏、そして教育事業に賭ける情熱とは?──川上量生・特別インタビュー