『全裸監督』Pが訊く、来たるべき“インタラクティブ映画”のあるべき姿とは? 『デスカムトゥルー』の挑戦から、未来のエンタメ像を考える

 『ダンガンロンパ』シリーズで知られる小高和剛氏が、シナリオライターの打越鋼太郎氏らとともに、新会社「Tookyo Games(トゥーキョーゲームス)」を設立。小高氏が代表を務める同社の第1弾タイトルとして、2020年6月25日にiOS/Android/Switchでリリースされたのが『デスカムトゥルー』だ(Steam版は7月にリリース。PS4パッケージ版は10月15日に発売予定)。

(画像はデスカムトゥルー公式サイト Death Come True Official Websiteより)

 イザナギゲームズがプロデュース・パブリッシュを担当して、2020年6月にリリースされた『デスカムトゥルー』は、 #本郷奏多 氏、 #栗山千明 氏、森崎ウィン氏といった人気俳優が出演している、実写ミステリードベンチャーゲームだ。

実写ゲームというと、過去の同種のタイトルのように、大半がスチル写真で構成されているイメージを思い浮かべる連想する人も多いだろうが、本作は選択肢を選ぶ以外のすべての場面がHD動画で構成されており、まさに「選択肢のある映画」と呼べるだけの内容になっている。しかも価格は1960円と、映画1本分相当になっている点も興味深い。

 この『デスカムトゥルー』にいち早く反応したのが、Netflixオリジナルドラマシリーズ『全裸監督』でプロデューサーを務めている、たちばな やすひと氏だ。

(画像は全裸監督 | Netflix (ネットフリックス) 公式サイトより)

 『全裸監督』といえば、1980年初頭のアダルトビデオ業界で巻き起こる人間ドラマを、 #山田孝之 氏をはじめとする豪華キャストで映像化した作品。日本の地上波テレビではまず不可能な題材を、Netflixという“外資”による超大作ドラマとして制作された点も含めて、2019年を代表するドラマと言えるほどの大きな話題となり、シーズン2の制作も予定されている。

 同作のプロデューサーであるたちばな氏は、一方で、通常の実写映像にはない「インタラクティブ性」に注目しており、ビデオゲームはもちろん、人狼ゲームやマーダーミステリーといった広義の「ゲーム」について、自分でプレイを体験しているという。ゲーム業界とも交流のあるたちばな氏にとって、実写映像とゲームを融合した『デスカムトゥルー』は、大いに気になる作品だと言えるだろう。

 そこで今回は、『デスカムトゥルー』のシナリオを執筆し、ゲームディレクターを務めた小高和剛氏と、本作のプロデューサーであるイザナギゲームスの梅田慎介氏、そしてたちばなやすひと氏の3名による鼎談を企画した。
 ちなみに、これはまったくの偶然なのだが、たちばな氏と梅田氏は同じ高校の同学年で、部活も一年生の時は同じサッカー部だったという旧知の仲である(ただし、お互いの仕事を認識した上で対面するのは、今回が初とのこと)。それもあってか、当日は業界を越えた顔合わせながら、非常に和やかな楽しい雰囲気で進行した。

 この鼎談では『デスカムトゥルー』に関してだけでなく、Netflixからリリースされたインタラクティブ映画『ブラック・ミラー:バンダースナッチ』についてや、アドベンチャーゲームにおける主人公や選択肢の意味、さらにはNetflixをはじめとする映像コンテンツの将来像など、さまざまな話題について語り合われている。
 ゲームだけでなく映像作品や、それらも含んだエンタメコンテンツ全般に関心のある人にとって、興味深い内容となっているはずだ。

聞き手/TAITAI
文/伊藤誠之介
編集/実存
カメラマン/佐々木秀二

左から たちばなやすひと氏、小高和剛氏、梅田慎介氏

ゲーム業界と映像業界の“文化の違い”をどうやって同期させるか

──まずはたちばなさんの目から見た、『デスカムトゥルー』の感想を伺えればと思います。

たちばな氏:
 ありがとうございます。僕は今回、「『デスカムトゥルー』を薦める5つの理由を語る」みたいなつもりで来ていますから(笑)。

たちばなやすひと氏

 まず企画がスゴイですよね。しかも、映像のクオリティもめちゃくちゃ高い。(映像監督の)安藤隼人【※】って誰? と慌てて調べて、昨日Twitterでつながったんですけど(笑)。「今度ゆっくり話しましょう」と約束しちゃったぐらい、本当に映像のクオリティが高かった。

 もちろんストーリーも、ゲーム的な体験も素晴らしくて。もう全部が本当に素晴らしかったなぁと。「どこから話します?」という感じですね。

※安藤隼人
『デスカムトゥルー』で映像監督を務めている。アメリカ・カリフォルニア州のディアンザカレッジでCG/アニメーションを学び、現在はCMやミュージックビデオで活躍中。日向坂46のMV『キュン』『ドレミソラシド』『ソンナコトナイヨ』などでは、ドローンなども駆使したスピード感のある映像を描き出している。

小高氏:
 安藤さんはこれまでミュージックビデオやCMが中心で、ドラマはやられていなかったんです。

たちばな氏:
 あっ、そうなんですか!?

小高氏:
 そういう意味では、僕の言うことにちゃんと耳を傾けてくれるというか。

梅田氏:
 ここでポイントなのは、小高さんがもともと映画畑の出身だというところなんですよ。深作組【※】にいたんです。

 だからゲームも分かる映像も分かるという環境でやれたんです。映像制作の部分でも、小高さんが指示を出したり、編集チェックしたりもしていましたから。

※深作組
映画業界では撮影に参加したクルーのことを、現場のトップである監督の名前を冠して「○○組」と言い表す慣習がある。小高和剛氏は、『仁義なき戦い』『バトル・ロワイアル』などで知られる故・深作欣二監督の下で、助監督を務めた経験がある。

梅田慎介氏

たちばな氏:
 『428 封鎖された渋谷で』【※】のイシイジロウさんからお話を伺ったことがあるんですけど、お互いが相手の文化のことをいかに分かるか、いかに風通し良く議論できるか、というのがすごく大事だとおっしゃっていて。
 もっと具体的に言うと、ゲームと映像では制作のスピードが違うので、そこの歯車というか、回転数が違うところをどう同期させるかという問題ですね。
 「『デスカムトゥルー』はそこがすごく上手くいっているんだろうな」と、ゲームを通して実感できたんです。

※『428 封鎖された渋谷で』
2008年にセガより発売されたWii用サウンドノベルゲーム。現在はPS4/PCなどでもリリースされている。渋谷の街を舞台に、複数の主人公が交錯する物語が、実写映像やスチル写真を用いて描き出されている。イシイジロウ氏がディレクターを担当した。

小高氏:
 安藤監督が「ゲームはそういうものなんですね」という感じで、けっこう受け入れてくださったのは大きかったですね。基本的にはミュージックビデオ畑の方なので、映像のスピード感は持っているんですけど、芝居とか掛け合いという面では、そこまで精通しているわけではなかったんです。
 そこは僕のほうで、「ここはお芝居をちゃんと組み立てたい」といった話をしたりして、上手い具合に取り入れてもらったかなと思います。

小高和剛氏

梅田氏:
 たしかに「文化の違い」は大きなポイントですね。僕は最初、小高さんにもらったシナリオを全部実写の映像にしたら、いったいどれぐらいのボリュームになるのか、ぜんぜん分かっていなかったんですよ。

 小高さんは「すごいボリュームになるよ」って、ずっと警告してくれていたんです。それでロケハンのときに飲みの場で、映像のスタッフさんたちから「オマエら、こんなもん撮れると思ってるのか!」って、メチャクチャ怒鳴られてケンカになっちゃったんですよ(笑)。

たちばな氏:
 あぁ(笑)。

梅田氏:
 そこからお互いにちゃんと議論をするようになりましたね。たしかに業界的な文化の違いみたいなものは、最初はめっちゃありました。

撮影1週間前に、シナリオをがっつりカットした

たちばな氏:
 実写って、照明にかける手間だとか、思ったより時間がかかるじゃないですか。しかも、その時間のかかるところで、作品の最終的なクオリティが左右されるんですよ。
 だから、いざ撮影を始めると「えっ、こんなに時間かかるの!?」みたいなこともあるんだけど、それにどう優先順位をつけてやっていくかが大事なんです。

小高氏:
 僕も映画をちょっとやっていたので、「これは相当に時間がかかるぞ」だとか、工程の優先度に関してはなんとなく分かるんです。僕の立場なら「無理でも撮ってくれ」と言えるんでしょうけど、そうするとクオリティはたぶん上がらないだろうなと。だから、そこは現場優先にしていましたね。

 その話で言うと、じつは撮影1週間前ぐらいにがっつりシナリオを切ったんです。撮影期間に収まるように、短くして。

たちばな氏:
 へえー!

小高氏:
 そうしたら逆に、撮影が昼の3時ぐらいとか、意外と早く終わっちゃったりしたんですよ。「撮れたやん」って(笑)。

梅田氏:
 そうそう(笑)。「この現場、早く終わっていいね」みたいな(笑)。

たちばな氏:
 ありがちですよね(笑)。新潟のホテルに泊まりこんで撮影したんですよね?

梅田氏:
 そうですね、期間は2週間ちょいかな。スタッフがみんな、舞台になったホテルに泊まっていたんです。そうしないとあのキャスティングで、2週間では撮れないから。

たちばな氏:
 全体の撮影期間もそれぐらいですか?

小高氏:
 撮休を挟みながら2週間ですね。

たちばな氏:
 じゃあ、賞味10日ぐらい?

梅田氏:
 2週間ちょいだから、たぶん14日ぐらいは撮っていると思います。あとはほかのところにロケに行ってるのが、1日でしたっけ?

小高氏:
 1日〜2日ぐらいですね。

たちばな氏:
 じゃあ、けっこうコンパクトにまとまってるんですね。でも『デスカム』が2週間で撮り切れて、しかもあのクオリティって、絶対にスゴイと思うんですよね。

小高氏:
 この企画の話を始めたのが、1年半ぐらい前なんです。

たちばな氏:
 早い!

小高氏:
 撮影したのは去年の11月で、シナリオも1カ月ぐらいで書き上げましたね。
 というのも、まずシナリオを仕上げないと、キャストのオファーができないからなんです。
 僕らは映像の実績があるわけじゃないので、シナリオがないと事務所と話が進まないんですね。だからもう、なんでもいいから上げろってことで。

たちばな氏:
 キャスト側の反応はどうだったんですか?

梅田氏:
 まず本郷奏多さんについて言えば、彼が『ダンガンロンパ』の舞台に出ていたんですよ。正直に言ってしまえば、小高さんと本郷さんの信頼関係で、主役のアサインができているというのはあります。

 キャストさんの反応としては、全般的に良かったです。たとえば #佐藤二朗 さんは、「俳優が活躍する『場』みたいなものが広がるのはとても良いことだから、いろいろ協力したい」と言ってくれたし。
 本郷さんも栗山千明さんも、ゲームと比べられるからこそ「生身の人間だからこそできる演技にこだわりました」と言ってくれて。この新しい取り組みに対して、自分たちがどういうことをすれば、より良いものになるのかというのを、すごく前向きに考えてくれていましたね。

たちばな氏:
 キャストの皆さんに「なんでゲーム?」みたいな違和感はあったんでしょうか?

小高氏:
 本郷君や栗山さんは、もともとゲーム好きなんです。

たちばな氏:
 あぁ、なるほど!

梅田氏:
 それも大きいですよね。ゲームを分かっている人たちというか。

たちばな氏:
 なるほど。ちなみに栗山さんとか、森崎ウィンさんとか、キャスティングでグローバルを意識したんですか?

小高氏:
 そこはたまたまですよ。

梅田氏:
 結果的に、スピルバーグ作品とタランティーノ作品に出ている人たちが揃っているんですけどね。そうか、それはもっと打ち出したほうがいいね(笑)。

『ブラック・ミラー:バンダースナッチ』よりも面白いものを作りたかった

──たちばなさんはふだん、ゲームをよくプレイされるのですか?

たちばな氏:
 僕はそんなにゲームをやっているわけではないんですけど、好きなのはアドベンチャーゲームとシミュレーションゲームなんです。アクションやシューティングがあまり上手くなかったので。ちっちゃい頃は将棋が好きで、そこから『ファミコンウォーズ』がすごく好きになって。

 今でも「いちばん好きなゲームは?」って聞かれたら、『ファイアーエムブレム』って答えるぐらいですね。アドベンチャーゲームでは『ポートピア連続殺人事件』#かまいたち の夜』を遊んでいました。

梅田氏:
 そうなんですね。

たちばな氏:
 だから僕はライトユーザーというか、ライトゲーマーぐらいなんですけど、そんな僕にとって『デスカムトゥルー』は、“ちょうどいい”というか。しかもそれがスマホで遊べるというのは、もう革命的だなと思いました。

 もし映画と勝負するのであれば、ゲームの形をとりつつ、そこに映画を超える感動があれば、“勝ち”だと思うんです。
 その点に関しては、どういう狙いで作られたのですか? とくに「映画を超えよう」みたいな感じではなかった?

梅田氏:
 最初のきっかけは、小高さんに焼肉屋に呼ばれたときですよね。そこに小高さんの大学時代の同級生がいたんです。その3人で飲みながら、一緒に仕事をしようとカジュアルに話していて、なんとなく出てきたのが「実写ゲームじゃないの」という話だったんです。

小高氏:
 その大学時代の同級生が元電通のやつで。一緒に仕事をするといっても、そいつは実写しかできないんですよ。

たちばな氏:
 なるほど。

梅田氏:
 僕はもともと『ダンガンロンパ』がすごい好きで、小高さんのファンだったんですが、そのときまで、小高さんが映画畑出身だというのを知らなかったんです。

(画像はシステム | ニューダンガンロンパV3 みんなのコロシアイ新学期 | スパイク・チュンソフトより)

 小高さんとはほかにも一緒にゲームを作っているんですけど、やっぱり小高さんはゲームディレクターとしても、シナリオライターとしても天才的だなと思うんですよ。

 以前に小高さんと飲んだ時、小高さんは覚えてないかもしれないですけど、「小高さんと映画作りたいんすよ」と言ったことがあるんです。僕は映画の作り方なんて、ぜんぜん知らないのに(笑)。
 でも僕は小高さんの作るストーリーを、実写で見てみたかったんですよね。ただそのときは、「助監督としてイヤな思いもしてきたし、映画はもうやりたくない」って言われたんですけど(笑)。

 それが頭の片隅にあったので、「じゃあ実写のゲームがいいんじゃないですか」という話をしたんです。

小高氏:
 そのときに、Netflixの『ブラック・ミラー:バンダースナッチ』【※】の話になって。

※『ブラック・ミラー:バンダースナッチ』……イギリスの一話完結SFドラマシリーズ『ブラック・ミラー』の特別編として、2018年12月よりNetflixで配信されているインタラクティブ映画。1980年代のイギリスで、ゲームを個人制作している主人公の青年が遭遇する、奇妙な体験が描かれる。映像の下部に表示される選択肢を選ぶことで、物語の展開が幾通りにも分岐していく。
(画像はブラック・ミラー: バンダースナッチ | Netflix (ネットフリックス) 公式サイトより)

たちばな氏:
 『バンダースナッチ』を見て、「オレだったらもっと面白いものを作れるぞ!」みたいなことは思いましたか?

小高氏:
 それはあります。ウチに打越鋼太郎【※】というシナリオライターがいるんですけど、打越と「『バンダースナッチ』なんて大したことねぇな」みたいな話をしていて。まぁ、負け惜しみですけど(笑)。

※打越鋼太郎
『Ever17 -the out of infinity-』などの『infinity』シリーズ、『ZERO ESCAPE 刻のジレンマ』などの極限脱出シリーズといった、数々のアドベンチャーゲームでシナリオを担当している。小高和剛氏とともに「Tookyo Games」を設立したメンバーの1人。

梅田氏:
 僕も『バンダースナッチ』が出てすぐぐらいに、いろんな人に「日本のゲームクリエイターが作ったほうが、もっとぜんぜん面白くなりますよね!?」って話はしていましたね(笑)。

選択肢についてしっかりと考えることで、プレイヤーを没入させたかった

たちばな氏:
 『バンダースナッチ』って、映像業界から見れば、ある意味革命的だったわけです。選択肢でストーリーが分岐するということは、これまでも無かったわけではないんです。ただ、選択している間も映像が止まらず、ストーリーがシームレスに繋がっていたのが、あまりにもスゴかった。体験として「それだけでこんなに違うんだ」ってことに、メチャクチャ感動したんです。

小高氏:
 その見せ方にするかどうかは、迷いどころでしたね。

たちばな氏:
 今回、なぜ『バンダースナッチ』みたいにシームレスな選択肢にされなかったのかは、ぜひ聞きたかったんです。

小高氏:
 じつは『デスカム』にもシームレスのところは1シーンだけあるんですけどね。あそこだけ、あえてやってみたんですけど。

たちばな氏:
 はい、はい。

小高氏:
 シームレスにしなかったのは、いわば僕の「ゲーム脳」的な感覚ですかね。プレイヤーに没入感をもたせるという意味では、やっぱりちゃんと選択をさせたいというか。

たちばな氏:
 あぁ。

小高氏:
 だから、選択するときは長押しでこう、画面の奥にグーッと入っていくような感じになっているんです。
 あとは「この後にどうなるのか」をプレビュー画面でちょっとだけ見せたいと。それによって「あっ、こういう展開になるの?」というような、いろいろな想像がかき立てられると思ったので。

 だから僕としては『バンダースナッチ』みたいに、「画面の下のほうに字幕が出て選ぶ」という見せ方だと、「ちょっと味気ないな」という気がしちゃったんですよね。

たちばな氏:
 なるほど、それは面白いポイントですね。我々映像畑の人間からすると、「シームレスでいきたい」と思うんですけど、その上を行きたいという感じなんですね。

小高氏:
 まぁ、そうでしょうね。「オシャレだな」とは思います(笑)。

たちばな氏:
 僕としては、シームレスじゃない選択肢のほうが一度ストーリーが止まってしまうので「没入できないんじゃないか」と考えてしまうのですが、でもそこで小高さんはゲーム的な意識が働くところがすごく面白いですね。

 つまり、シームレスに流されていっちゃうよりは、そこで時間をかけてでも、重い選択を選ばせたいという。それはもしかしたら、作り方の文化の違いが出ているところかもしれないですね。

小高氏:
 そうですね。あと、ちょっとでもいいから「主人公の目線にカメラを置きたかった」というのもあります。

 カメラって、ずっと三人称の視点じゃないですか。そうすると、さっき言ったような選択の重みが薄れたり、ある選択肢を選んだことで死んだとしても「べつにオレのせいじゃねぇ」みたいなズレが出てきちゃうかなと思って。

 それよりはもうちょっと主人公とシンクロさせたいので、選択肢を選ぶときの360度カメラみたいなものは、いちばん最初にシナリオを書いた時から採り入れていていましたね。
 ここは一回、「カラキマコト」という人物になろう、という見せ方のほうが、物語的にシンクロしやすくなるんじゃないかとは思っていました。

たちばな氏:
 選択肢を選ぶときの、あの長押しでグーッと入っていく感覚が、本当に素晴らしいと思いました。シームレスに流れていた物語が選択肢で一回止まるんですけど、あのグーッと入っていく演出が、元のシームレスな流れに戻るための助走になっているわけじゃないですか。

小高氏:
 はい、はい。

たちばな氏:
 だからそういう、意外と細かい体験設計というか、単に選択肢の内容をどう作るかだけじゃない演出みたいなものに、すごく支えられている気はしました。

小高氏:
 そうですね。アドベンチャーゲームを長く作っている身からすると、選択肢を選ぶのって、ちょっとは凝らないと「今さらこれ?」みたいになってしまうのもイヤだったので。あの手この手で選択肢というものを考えなきゃいけないかなと。

シナリオを書きながら、同時にUIもデザインしていた

──ちなみに、小高さんや梅田さんは『バンダースナッチ』のどのあたりに不満を感じたのか、もう少し具体的に教えてもらえますか。

小高氏:
 まず感じたのは「どこに向かっているのか分からない」ということですね。「ゲームを完成させるぞ」みたいな話だったら分かるんだけど、自分は今何をしているのか、これから何をすればいいのか、それがよく分からない。

 『ライフ イズ ストレンジ 2』とかだったら、なんとなく分かるじゃないですか。「兄弟で仲良く安住の地に行けばいいんだな」みたいな。そういう「目指す先」が分からなかった、というのがありますね。

※『ライフ イズ ストレンジ 2』……フランスのDONTNODが開発し、スクウェア・エニックスが販売を手がけるアドベンチャーゲームで、前作『ライフイズストレンジ』とは世界観が共通している。メキシコ移民の青年ショーンと、その弟ダニエルを巡る物語が描かれている。
(画像はファンキット | Life is Strange 2 | SQUARE ENIXより)

梅田氏:
 起こることがけっこう突拍子もなくて。本当にこれが「正解」の選択なのかどうかが分からなかったんですよ。

小高氏:
 むしろ、インタラクティブじゃなかったら面白かったかもしれないなと。デヴィッド・リンチ【※】の映画を見るかのような感じで。

※デヴィッド・リンチ
映画『ブルーベルベット』『ワイルド・アット・ハート』や、TVドラマ『ツイン・ピークス』などで知られる映画監督。現実なのか幻想なのか判別しがたい、シュールレアリズム的な表現を用いることで知られている。

たちばな氏:
 だから『バンダースナッチ』は、「不思議な世界に迷い込む」というか、そういうアートっぽい世界観を狙って作ったんでしょうね。

小高氏:
 「体験させる」ということも含めてちょっと実験的な雰囲気があって、エンタメには振っていないんだなと。だからこそ「エンタメであるべきだ」というか、そこに不満があったので自分で作りたいと思ったのかもしれないですね。

梅田氏:
 小高さんは『デスカム』のシナリオを書きつつ、同時にUIやUXのデザインも一緒に全部デザインされていたんです。先ほどの360度カメラを使った選択肢だとか、一本道にするところは一本道にして、最終的なエンディングの分岐はどうするかみたいな、ゲームのできあがりに関する諸々も含めて。

 だから、もしシナリオ担当が別の人だったらこんなにスムーズにはできなかったし、ここまでクオリティが高いものもできなかったと思うんです。そこらへんが、小高さんの本当にスゴイところだなぁと。

 ああいったUIは、シナリオを書きながら同時に、頭の中で全部デザインしながら構築されているですよね?

小高氏:
 そうですね。だから逆に言うと、僕は基本的に請負でシナリオの仕事は受けないんです。アニメでもなんでも、基本的にはゼロイチじゃないとやれませんよ、と。

梅田氏:
 だからUI/UXも含めたすべてを小高さんがデザインされて作られているので、ゲームの中身について僕は何も言ってないですね。

 僕が口を挟んだのは、デスメダルと特典映像のところだけですよ(笑)。そこだけはゲーム的なボリューム感もあるし、佐藤二朗さんの貴重なアドリブを生かさなきゃいけないというのがあったので(笑)。それ以外はもう、小高さんのやりたいことを全部実現していく感じでやっていました。

「デスメダル」獲得画面

選択肢を選ぶことの「責任感」を、プレイヤーに感じてほしかった

たちばな氏:
 僕としては『デスカムトゥルー』を見て、ゲーム業界の側から実写映画の人たちに向かって、「どうだ!」と出せるものが作られた、と思ったんです。

 それだけに、実写であることの長所・短所というか実写にトライした結果の感想をぜひお聞きしたいなと。

小高氏:
 実写の長所は「リアリティ」ですね。やっぱり、実写がいちばんリアリティが強いなと。
 たとえば実写だと「独り言」ってやれないじゃないですか。でもアニメだと、ぜんぜんできるんですよね。さらにいえば、ゲームなんて独り言で回っていくようなものなんだけど、実写ではまずそれはできないし、モノローグもあんまり入れないほうがいい。

 ただその代わり、そこに「そいつがいる」という、人物の存在感のリアリティをすごく出してくれる。芝居の掛け合いとかが役者さんの腕によって、いくらでも変わっていくというか、そういうリアリティの強さが実写のいちばんの長所だなと思います。

 一方で実写の短所は、「撮ったらもうそれで終わり」というか、後から修正がきかないところ(笑)。

たちばな氏:
 あ〜(笑)。

小高氏:
 あともうひとつ挙げるなら、「主人公にシンクロしづらい」というか。

 『バンダースナッチ』では、選択肢を選んでいる自分が“蚊帳の外”になっている感じがあるのが、いちばん気になったところだったんです。だから『デスカム』ではできる限り、「自分=主人公」の感覚に寄せたいなとは思っていました。

 それもあって、選択肢を選ぶ前に、「迷っているモノローグ」をけっこう入れたりしているんです。それで最後の選択肢を選ぶころには、プレイヤーに「これは自分だ」と思ってくれたらいいな、とは思っていました。

たちばな氏:
 『デスカム』に出てくる「アンノウン」みたいなキャラクターって、CGで作ったほうがラクだと思うんですけど、全体的にあんまりCGに頼らない感じがあって。そのへんは何かこだわりがあったのでしょうか?

小高氏:
 そこは撮影準備の初期に、けっこう話した気がしますね。安藤監督はどちらかというとCGが強い人なんですけど、「この規模でCGでやったら、たぶんショボくなる。これは絶対リアルでやったほうがいい」みたいな話はしていましたね。

たちばな氏:
 なるほど。最終的に突き詰めていくと、役者の表情というか、役者の「芝居の力」みたいなところに行き着くのかな、とは僕も思います。

 でも『デスカム』では逆にそれを十分に活かしたゲーム性というか、役者さんのお芝居の良さがあることによって、ゲームとしてもより面白くなるという、その可能性をすごく感じたんですよ。
 栗山千明さんのお芝居がすごく良くて、彼女に対して感情移入することで、「彼女と一緒にいたい」「でも…」という主人公の葛藤がより際立つというか、そんなふうにCGでやるよりも実写のほうがより深みを出せたところがあると思うんです。

小高氏:
 そうですね。「選択肢で物語を進める」というときに、「選んだ責任感」みたいなものを、プレイヤーが感じられるといいなと思っていて。
 また『バンダースナッチ』の話になっちゃうけど、「どっちのレコードを聞く?」みたいな選択って、正直どうでもいいじゃないですか(笑)。

たちばな氏:
 はい、はい(笑)。

小高氏:
 あと僕は、選択肢で思想を試されるのがイヤなんですよね。「万引きするか?」「普通にレジでお金を払うか?」とか、そういうのもちょっとイヤ。
 もっとカジュアルに「銃で戦うか?」「棍棒で戦うか?」みたいに、「ここは棍棒だ!」って選んだら、「あっ、違ったか」というような、それぐらいの感覚のほうがいいなと。

 たとえば万引きしたら殺された、ってなると、なんだかイヤな意味で「やっぱり万引きはダメなのか……」みたいな気持ちになっちゃうじゃないですか。
 自分の善悪の基準というか、道徳心を試されるようなものはイヤだな、というのがあって。そこはドラマを紡ぐための選択肢として、ちゃんと考えなきゃいけないところだな、とは思いましたね。

CGにはない実写のメリットは、背景や衣装を自由に変えられるところ

たちばな氏:
 プロデューサー目線から見た、実写の長所と短所はどこですか?

梅田氏:
 プロデューサー目線で言うと、良いところは「俳優さんにファンが付いてくる」ところですね。新しく作ったIPであっても、キャスティングでお客さんがある程度目を引いてくれるので。

 一方で悪いところは「すべての実写作品が、同じラインで並べられてしまう可能性がある」ということですね。そこにインタラクティブ性があることの「新しさ」みたいなことを上手く伝えないと、べつに新しいものに見えないというか。

小高氏:
 開発の視点で実写が有利な点は、いろんな「背景」を使えるところかな、という気がしますね。じつは、ゲームでいちばんお金がかかるのは背景なんですよ。

たちばな氏:
 そうなんですね。

小高氏:
 とはいえ、『デスカム』ではほぼ1カ所しか背景を使っていないので、利点を活かしきれていないんですけど(笑)。
 でも、途中で山の背景が出てくるんですけど、あれはゲームだったらたぶんできないですね。1〜2分しか出てこない場面に、まったく別の背景を使うのはちょっとコストが……という。

 実写の場合はもう、そこに行ってしまえば撮れちゃうのがいいですよね。だから、できるかぎりいろんな場所を撮ったほうが、実写の良さは出るかなという気はします。背景だけじゃなくて、衣装や髪型とかもラクにバリエーションを出せる。そのへんが実写のいいところですね。

たちばな氏:
 なるほど。

小高氏:
 実写なら水着にもなれるし、毎日違う服装になれる。そういう衣装替えは、ゲームだとよほどじゃない限り無理ですね。

たちばな氏:
 たしかに。

小高氏:
 それから天気も、曇りでも朝でも夜でも、実写なら自由にできますね。そのへんもCGだとバカみたいにお金がかかるところなので。
 極論ですけど、実写ならゲリラ撮影がいちばん費用対効果がいいんじゃないですか(笑)。

たちばな氏:
 たしかにそうなんですよね(笑)。

小高氏:
 『デスカム』の冒頭に、誰かが殺されるシーンがサブリミナルっぽく入っているんですけど、あれは当初は入ってなくて、普通にベルが鳴って電話を取るシーンから始まっていたんです。

 じつはこのゲームの中でCGではできない実写ならではのシーンで、僕がいちばん「カッコイイな」と思っているのが、あの殺しているシーンなんですよ。
 もしCGだったら、あのシーンは一枚絵のイラストになっちゃいますし、あんなふうに動かしたりもできないですから。そこは実写のいいところだなと思いましたね。

 でもあのシーンの撮影は、本当にゲリラだったから、スゲェ怒られました(笑)。

一同:
 (笑)

小高氏:
 梅田さんはいなかったのかな、あの時。

梅田氏:
 いました、いました。「うるせぇ! 何やってんだよ!」って、メッチャ怒られてましたよ(笑)。

映像業界から見て「マルチエンディング」にはすごく憧れる

たちばな氏:
 僕は「ゲームってスゴイ」と思っているので、本当に危機感しかないんですよ。映画とか映像というジャンルは、大きく言うと「ゲームに至るまでのただの通り道にすぎない」というか。

小高氏:
 ゲームを一番の生業にしている人間からすると、そういう思いはありますけどね。「アニメもマンガも、すべてを呑み込んでやりたい」という(笑)。

たちばな氏:
 全部がゲーム化していくというのは、ある種必然的な流れだと思うんです。そういう中で、じゃあ映像側の人間が、インタラクティブ映画みたいなものをどんどんやっていくのかというと、そうでもない。
 映像側の人間はあくまで、一本道の決まったストーリーみたいなものを作りたい人のほうが多いと思うんですよね。

梅田氏:
 でも視聴者からすると、そのインタラクティブ性が逆に「面倒くさい」と思われているのかなという印象はありますね。
 インタラクティブって、たしかにユーザーの没入感を演出しやすいとは思うんですけど、その一方で「なんだかすごいモチベーションを持って臨まなきゃいけないのでは」みたいな面倒くささを感じる人が、けっこう多いんじゃないかなと思っています。

たちばな氏:
 うーん……。確かにそれは、あるかもしれないですね。

小高氏:
 日本のライトユーザーが『Detroit: Become Human』【※】みたいなものを嬉々として面白がるとは、ちょっと思えなくて(笑)。

※『Detroit: Become Human』……フランスのクアンティック・ドリームが制作し、SIEから2018年に発売されたアクションアドベンチャーゲーム。現在はPCでも発売中。人間そっくりのアンドロイドが普及した西暦2038年のアメリカを舞台に、3人のアンドロイドの運命が交錯する。物語が多種多様に分岐しながらストーリーが進行していくため、その展開のバリエーションは膨大なものとなっている。
(画像はSteam:Detroit: Become Humanより)

一同:
 (笑)

小高氏:
 アレはアレですごく面白いんだけど、あんなふうにどんどん枝分かれして重厚になっていく物語というものに、はたしてライトな人たちが価値を感じられるのかなと。
 自分の選んだ選択肢が100パーセント正解なのかどうかが、メチャクチャ気になっちゃうと思うんですよ。「今進んでいるのはもしかしたら、面白さ70%のルートなのかもしれない」だとか。

 そこらへんがこう、敷居の高いものになっている気がしていて。もっと誰にでも「とりあえず納得できる」みたいなもののほうが、いいんじゃないかなと思うんです。

 だからそういう意味も込めて、本当は『デスカム』も「プレイヤーが1ルート見たらゲームを消してしまおう」と思っていたんですよ。「なんとなく面白かったよね」みたいな感じで入るには、それぐらいのほうがちょうどいいだろうなと。

梅田氏:
 逆に、映像はゲームと違ってマルチエンディングじゃないから、ある意味、エンディングをユーザーに押しつける形になるわけですよね。
 最終的にエンディングをユーザーに選ばせるというのが、インタラクティブの良いところでもある一方で、小高さんが今おっしゃったように、「これで良かったの?」「正解を知りたい」という層もかなりいる気がするんです。映像側としては、そのあたりは何か意識していることはありますか?

たちばな氏:
 個人的には、マルチエンディングがすごく羨ましいと思っています。ストーリーの最後に「究極の選択」を作るみたいなものは、ずっとやってみたいんです。

 まあ、マルチエンディングにするかはともかく、映像の終わらせ方って難しいんですよ。とくに「どこまで見せるのか」に関しては。見せすぎてもダサくて、マイナス1くらいがいいとは思っているのですが。

梅田氏:
 あぁ、なるほど。「余白を残す」ってことですね。

たちばな氏:
 終わらせ方をどうするかは、作り手の美意識によりますね。たいてい、ディレクターとプロデューサーの意見が違ったりして(笑)。
 「もっと見せましょう」という話と、「いや、ここで切ったほうがカッコいい」という話は、当然ぶつかるわけですよね。だから、そこのコントロールすらも受け手の側に委ねられるみたいなことができたら、それはスゴイことだと思っていて。

 あともうひとつ映像側としては、“多視点”というか「全員が主人公」みたいな世界観を作りたい気持ちがあるんです。「それぞれの人生にもちゃんと物語がある」というものを、いっぱい作りたい。
 外伝的なものだったり、スピンオフ的なものもあるのですが、それがひとつの世界観に収められるのが「ゲームってスゴイな」と思うところなんですよね。

梅田氏:
 なるほどね。

ゲームファン以外のところで爆発しないと、これをやる意味がない

──僕らメディアの側としては、ゲームクリエイターのみなさんの映像コンテンツに対する「いいな、そのカジュアルさは」という感覚は、すごく分かりますね。

 とくにアドベンチャーゲームなんて、これだけ面白いことをやっているのに、ユーザーはかなり限定されているんですよ。こんなに新しいことやっているのに、届く層は10万人〜20万人ぐらいなんです。

 一方で映像コンテンツは、100万人から200万人、さらにもっと大きい層へと一瞬で飛び越えていく。その「映像」というプラットフォームをどうにかして浸食してやりたい、という気持ちですよね。

小高氏:
 まさにそれですね。さっきたちばなさんもおっしゃっていましたけど、アドベンチャーゲームの良いところは、ゲームが苦手でもできるところなんです。
 だから、アドベンチャーゲームこそ、本当はライトユーザーにいちばん向いているはずなんです。なのに今の日本においては、めちゃめちゃコアなジャンルですよね。それはやっぱり、エロゲーとかギャルゲーの文化が強く残っているというのもあるんですけど。

 そのギャップがすごく気になっていて、だからこそ、実写ゲームをやりたいというのはありましたね。そういう意味ではまさに、映像が羨ましいからです (笑)。

──編集者的な視点から見ると、こんなに面白いものを「どうにかメジャーなものと接続できないか」と思うんですよね。

 たとえばギャルゲーの世界には虚淵玄さん【※】という人がいて、ギャルゲーで王道だった「ループもの」のスタイルを、『魔法少女まどか☆マギカ』でアニメに持っていって、ヒットさせましたよね。
 同じように小高さんや打越さんのようなゲーム業界の才能を、何か違うフィールドに持っていったら、もっと爆発するんじゃないかと。

 でも今回の『デスカム』だと、プロモーションだとかそういった部分で「受け手側の意識の壁」みたいなものがまだ立ちはだかっている印象がありました。そこをどう突破していくのがいいのかな、と。

※虚淵玄……ニトロプラスで『Phantom -PHANTOM OF INFERNO-』『吸血殲鬼ヴェドゴニア』『鬼哭街』といったPCゲームのシナリオを執筆後、TVアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』で全話の脚本を担当。そのほか、『PSYCHO-PASS サイコパス』『仮面ライダー鎧武』などの脚本や、小説『Fate/Zero』なども執筆している。
(画像はAmazon.co.jp: 劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語 | Prime Videoより)

梅田氏:
 そうですね。僕らは「映画なんだけどゲームなんだよ」って、なんとか直感的に伝わるようにしたいと思っているんだけど、「じゃあいったい何なの?」みたいな壁の存在はすごく感じていますね。ある意味、誰も体験したことのないものを作っているからなのかな、とは思っているんですけど。

 本来は届く幅を広げようとしたのに、逆にゲームファンからするとライトなものに見えてしまったり。一方で映像ファンのほうには、そこまでまだ届かないという。

たちばな氏:
 なるほど……。

梅田氏:
 1960円という“映画と同じ値段”も、小高さんとかなり議論したんですよ。正直、開発している側からするとかなりキツい値段なんですよね(笑)。

 だけど小高さんの意図としては、「やっぱり映画と同じぐらいの値段で届けなきゃいけない」と。映画と同じというよりは、とにかく安くしてもいいから、多くの人に届けないと爆発しないので。そうして爆発しなければ、これをやった意義がないというか。

 ふだんからゲームをやっている人にこれを届けても、ぶっちゃけあまり意義がないと思っています。ゲームをやらなかった人に届けて、爆発的にヒットするというところを目指したいから、1960円という価格にしたんですけど、残念ながらまだそこに届いていないんですよね。

 だからこの鼎談もぜひ、「全裸監督 × デスカムトゥルー」という形で世に出したいんですよ(笑)。

一同:
 (笑)

小高氏:
 いや本当に、どうすればゲームユーザー以外に届きますかね? 今のところはやっぱり、ゲームユーザーが多くて。

たちばな氏:
 個人的にはもう「100点じゃん」と思っていますよ。つまり、今すでにこれができていることが、超絶にスゴイわけですよ。
 「『バンダースナッチ』より面白いものを作れる」と言う人は大勢いるけれど、それをもう形にしていること自体がスゴイですから。そういう意味では100点ですよ。

 だから、この一発がどこまで刺さるかというよりは、たぶん二の矢、三の矢って話だと思うんですよね。どうすればやれるかというのは、今回を踏まえてやっていけばいいわけなので。

小高氏:
 お客さんが気になったら、すでにもう買えますからね。だから後は、その気にさせるだけというか。

 コンシューマのパッケージだと、どうしても「旬」ってあるじゃないですか。結局は発売直後の1〜2週が勝負だったりして。でもダウンロード販売なら「常にずっと座っていられるな」みたいな。

梅田氏:
 その点で、スマホでできるというのは大きいかなと思っていて。

──そうですね。昔だったら、それこそパッケージの流通量で、絶対的な売上の限度が決まっちゃいますからね。

『デスカムトゥルー』の撮影費は、TVのドラマスペシャルと同程度の規模

たちばな氏:
 ちなみに、撮影費はどれぐらいかかったんですか?

梅田氏:
 これはオフレコですけど……

小高氏:
 載っちゃっていいんじゃないですか。そのほうが面白いでしょ。

梅田氏:
 言っちゃって良いか!(笑) 撮影費はキャスト抜きで、1億はかかっていないです。7500万とか、8000万とか。

たちばな氏:
 逆に言うと、それぐらいはかけてますよね。

梅田氏:
 僕はぜんぜんコスト感が分かっていなかったんです。最初は3500万で撮ろうと思っていたんですけど「絶対にできない」と言われて。

 そこで「3500万を超えない範囲でいろいろ考えてくれ」と言ったんですけど、5000万、7000万と、どんどん上がってくるんです。最終的には、7500万ぐらいかかっているのかな。

たちばな氏:
 なるほど。そういう数字が出ると、いろんなものと比較しやすいですね。

 たとえば映画の制作費が、シナリオとか全部含めて、1億5000万だとするじゃないですか。全国公開されている映画の制作費が3億ぐらいで、その全国で公開できる最低規模が1億5000万程度なんですよ。
 いわゆる単館系みたいな小規模な映画になると、それこそ3000万程度で作っているものもありますが。

 一方でテレビの世界だと、連続ドラマが1話3500万ぐらいで作られているんですね。2時間ドラマになると、1本で6000万から8000万ぐらい。制作費が1億になると、僕らの感覚だと期首・期末にやるスペシャルドラマのコスト感なんですね。

 要は、「1時間あたりの制作費がいくらくらいか」というのがひとつの目安になるわけで、『デスカムトゥルー』のコスト感を比べるならば、何時間分くらいの映像を撮影したかということで、より映画と比較しやすくなると思います。もうひとつは、それに対する消費者側の対価から考えるなどでしょうか。

小高氏:
 なるほど。

たちばな氏:
 でも、おそらく一本の映画くらいのストーリー感であることを考えると、『デスカムトゥルー』の制作費は、いちばんちょうどいいぐらいだと思います。それ以上いくと絶対にリクープできないし、逆にそれ以下だとクオリティ面で胸を張って出せなくなる。そういうラインな気がしますが、作り手としてはどうだったのでしょうか?

小高氏:
 実写映像として見ると、ちょうどいいのかもしれないですけど、実際のところ2時間で終わっちゃうから、ゲームとして見ると「短い」という評判はあったんです。

たちばな氏:
 あぁ……。

小高氏:
 『428』みたいにスチル写真で構成するなら別ですけど、実写のムービーでやるとしたら、たぶんこのぐらいの規模じゃないと無理だな、とは思ってましたね。
 ゲームやアニメの場合は、作っている間にアセットというか使える素材がが増えていくんですよ。CGでキャラができて、背景ができてあとはそこで芝居を動かすだけなので。
 一方で、実写では使う分の素材は全部撮らなくちゃいけないので、費用対効果のグラフが、どんどん右肩下がりになってくるというか。

 でも。だから2時間ぐらいだと「実写」である意味がいちばん出てくるかなとは思いますね。それ以上の長さ、たとえば8時間、10時間という長さになっていくと、「CGでやったほうがいいよ」ということになってくると思います。

たちばな氏:
 そのへんを実際にトライして感覚的につかんでいる人は、日本にはあんまりないので、めちゃくちゃ貴重な気がしますね。

僕らはいったん止まった実写ゲームのジャンルに、改めてチャレンジしている

たちばな氏:
 『デスカムトゥルー』が映画と同じ値段でなければいけない、という意味はすごく分かりました。

 それで、ちょっと違う話になるかもしれないですけど。僕は全部がゲーム化していくし、全部がミステリー化する、みたいな実感があるんです。
 ゲームはいったん置いといて、ミステリーって、やっぱり面白さを説明しにくいじゃないですか。だから伝播しにくい難しさがあるというか。それこそ叙述トリックものとか、絶対に説明できないじゃないですか(笑)。

小高氏:
 叙述トリックの名作は、叙述トリックとはなかなか言えないですからね。「これは叙述トリックだから読んでみてよ」って言われたりしたらね(笑)。

梅田氏:
 たしかに(笑)。

たちばな氏:
 『カメラを止めるな!』【※】ぐらいまでいくと、「いや、とにかくスゴイから!」だけで押し切れる場合もあるんですけど。

※『カメラを止めるな!』……上田慎一郎監督による劇場映画で、2018年に公開された。制作費300万円のインディーズ作品ながら、ヒネリの利いた展開が口コミで大きな話題となり、当初は2館でスタートした上映が、最終的には全国350館以上で上映されて、興行収入は30億円を突破した。
(画像はAmazon.co.jp: カメラを止めるな! | Prime Videoより)

小高氏:
 そのミステリーの伝えにくさが、ストーリードリブンのゲームでも同じようにある気がするんですよね。「何が面白いか」をはっきりと言えないというか。

たちばな氏:
 そうですよね。レコメンド機能的なものも、今はテクノロジーが進んで、「感動値」みたいなものとして数値化されているので、今後はそういうわかりやすい指標も含めて伝播していく方向にはあると思うんです。そうなっていけば違うのかもしれないですけど、現状はまだ「どう伝えていいのか分からない」というところがある気がします。

 とくに新しいものだと、「新しさ」は「分からない」にもつながるので。だから、コテコテの古い文脈をベースにして、トッピングはちょっとそこだけ新しい、ぐらいなものにするほうが、企画としては考えやすいのかもしれないですね。

梅田氏:
 その「新しさ」にもいろいろあるんですよね。僕たちは新しいと思っているけれど、『428』だとか、実写ゲームという括りなら「もうあるじゃん」とも言われたりして。

 だけど、全編動画でこういう形でやっているものを今の段階で作って、それがスマホで遊べるだとか、いろんなことを考えると、僕らはけっこう新しいことにチャレンジしていると思うんですね。でも、その新しさを説明することも難しい、というのがあって。

小高氏:
 僕は『デスカム』を「『428』みたいなゲームだと思ってた」と言われたのが、いちばんビックリしました(笑)。どこをどう見たら『428』みたいに見えるんだって(笑)。

一同:
 (爆笑)

──いまや「実写でアドベンチャー」というと、記憶に新しいのは『428』ぐらいしかないですからね。

小高氏:
 でも作りとしてはぜんぜん違うし、アレを作ろうとすると、あと8年ぐらいかかりますよ(笑)。

(画像はSteam:428 〜封鎖された渋谷で〜より)

何の予備知識もない人たちとの「たまたまの出会い」をどうやって増やすか

小高氏:
 実際問題として、普通の人……って言い方はアレですけど、普通の人は『バンダースナッチ』なんて知らないですよね。そういう人たちに「こういうものがあるんだ」って、どうしたら届くのかなと。

たちばな氏:
 それはゲーム性みたいなものということですか?

──ちょっと補足しますと、ゲームのような「体験」って、基本的には一回性のものじゃないですか。先ほどの虚淵さんの話で言うと、「ループもの」という物語体験も一回的で、初めてそれをゲームで体験したとき、誰もがメチャメチャ感動するわけですよ。
 『まどか☆マギカ』がなぜ流行ったかというと、それを知らなかった人たちが、アニメという媒体で初めてそれを体験して「わぁ、新しい」みたいな感覚に陥ったと。

 それと同じように、小高さんがこれまで培ってきたアドベンチャーゲームの方法論や表現があるわけですよね。それはべつに古びているわけではないけれど、すでに知っている人たちにもう一回提供しても、「はいはい、アレね」という感じで、一回目の新しさはないですよね。
 でも、もしそれをまったく知らない人が体験できる場所があるとしたら、そこではどういう反応になるのだろう……という話でいいんですよね?

小高氏:
 そうですね。結局はテレビとか、そういうメディアの問題なんですかね? 売り方がゲームと同じだと、やっぱりゲームになっちゃうのかな? という気もするので。

──メディアも時代によってけっこう変化するじゃないですか。そのメディアが変化したときに、違う分野の手法をそこに乗っけられる瞬間があるんじゃないかと思っています。
 とくにNetflixなんて、映像プラットフォーム上でインタラクティブにできる、という技術をもった新しいメディアじゃないですか。だからそこに、これまでの“映像だけじゃないもの”をぶつけるには絶好のタイミングだと思うんです。

梅田氏:
 そうですね。

小高氏:
 いっそのこと、「『デスカム』をNetflixに載せちまえ」ということですか?

──まあでも、そういうことでもありますね。

梅田氏:
 だから今日は、たちばなさんにNetflixを紹介してもらおうと思って(笑)。

一同:
 (笑)

──Netflix版『デスカムトゥルー』が、何の心構えもなくオススメのところに出てきて、「なんだこりゃ?」となるわけですね。

小高氏:
 それで見てみたら「動かすの!?」みたいな。そう! そういうことなんですよ。

梅田氏:
 そうですね。

小高氏:
 僕が高校生の時に、深夜に実験的な放送で、6chと8chでザッピングするドラマ【※】をやってて。

※6chと8chでザッピングするドラマ
ドイツで制作されたミステリードラマ『ZAPPINGテレビ 殺意』のこと。1993年にフジテレビとTBSで同時放送された。

たちばな氏:
 はいはいはい。

小高氏:
 ドイツかどこかの番組で、女性視点と男性視点があって、チャンネルを切り替えると、物語の視点が変わっていくというドラマで、深夜にやってるのを高校生の僕がたまたま見ていて、「スゴイ!」と思ったんですけど、それはそんなに流行らなかった(苦笑)。

 でも、そういう「たまたまの出会い」みたいなものが大事だと思うんです。アニメとかもそうですけど、たまたま出会うことで「『まどマギ』スゲェ!」みたいなことにもなるし。『エヴァンゲリオン』だってそうだし。

梅田氏:
 そうですよね。

小高氏:
 だからその「たまたまの出会い」をどう増やすか、というところですね。

たちばな氏:
 テレビが地上波になった時に、同じ帯域で3チャンネル持てるということで、ザッピングで切り替える企画とかも、やられていましたよね。でも結局はコスパというか、「見ていないものに金をかけるのか」とか、単純に視聴者側が面倒くさいだろうという話で続かなかったと聞いています。

梅田氏:
 まあ、そうですよね。

たちばな氏:
 でも、「たまたまの出会い」の効果はたしかにありますよね。『デスカムトゥルー』を頑張ってNetflixにプッシュしたいと思います!


『全裸監督』は日本で、そして世界でなぜヒットしたのか

梅田氏:
 プロモーション的にそこまで届いていない理由としては単純に、接触頻度の問題もあると思うんです。
 だって『全裸監督』なんか、めちゃくちゃたくさんテレビCMをやっていたじゃないですか。その上、芸人さんがバラエティ番組で話題にしたり、モノマネしたりして。

たちばな氏:
 はい。

梅田氏:
 『全裸監督』の宣伝でお聞きしたいのは、主人公がブリーフ一丁の格好でカメラを持っている、あの画ですよ。すごくエッジが利いていて、普通の人が見たらギョッとするはずなんですけど、あれがお茶の間に大量に流れたわけで。

たちばな氏:
 そうですね。

梅田氏:
 そういう宣伝をすごい規模で並べていくことで、『全裸監督』はマスを獲得していったわけですよね。あれにはどんな計画があったんですか?

たちばな氏:
 Netflixの広告は、かなりたくさんのバリエーションを作っているので、それは結果論だと思います。Netflixがスゴイのはの、宣伝チームが完全に別働隊なところなんですよ。

梅田氏:
 あっ、そうなんだ。

たちばな氏:
 TVドラマの場合、基本的にはそのドラマのプロデューサーが全体を統括しているんです。でも映画の場合は、制作側と配給会社が分かれていて、配給側が宣伝に責任を持っている場合が多いじゃないですか。Netflixは、そのテレビっぽいところと映画っぽいところの両方を持っていると感じました。

 これは僕の想像も含まれますけど、当然いろんなパターンの広告を試して、その中でいちばん反応が良いものというか、見る人にとっていちばん刺さるものを、アルゴリズムで出しているんだと思うんです。
 逆に、特定のジャンルやサムネイル画像に嫌悪感を抱くような人には、それに類したものがレコメンドに出なくなるとか、常に最適化されていると聞きますよね。

梅田氏:
 あっ、その中で「いける」というものを、地上波のCMで流したんだ。そういうことか。

──『全裸監督』って、日本でウケるのはまだ理解できるんです。テレビではできないことをやる感じだとか、ギョッとする感じとか。でも一方で、海外でもけっこうウケているじゃないですか。いったい海外ではどういうふうに受け入れられているのか、まったく想像もつかないんですが、実際どういう感じなんでしょう?

たちばな氏:
 そこに対して、明確な答えはないんですが……。ただ、僕が企画を提案する段階で、「日本固有の、ローカルでありながらグローバルに届くもの」ってなんだろう? と考えたときに、いくつか方向性があるなと思っていました。

 まずひとつは、いわゆるアニメ的なIPで、たとえば『ONE PIECE』を実写化します、みたいな方向。で、そのほかにいくつか違う方向を探していったときに、「エロ」という世界があったんですね。

 日本って、本音と建前というか、「表」と「裏」が違うことが多いじゃないですか。みんな表ではすごく真面目そうなんだけど、その裏側ではすごいムッツリだったり。アダルトビデオについては、日本は世界の中で圧倒的なんですよ。本数もジャンルも多い。しかもそれがコンビニにも置かれているなんて、外国人からすると信じられないわけですよ。
 それはフェミニズム的なことを含めて日本の意識がすごく低いということで、誇れることでは全くないと思いますけど、結果的には世界から見て、そういう人間の「根源的な興味」というか、日本の裏側である「エロ」に対する興味がものすごくあった、ということですかね。

──そういう意味では、日本の僕らが海外のスラム街の物語を見るとか、ギャングの生活を見るみたいな、ドキュメンタリー的なものに近い受け取られ方いうことですか?

たちばな氏:
 まさにそこだと思います。海外ドラマでは『ブレイキング・バッド』【※1】『ナルコス』【※2】のようなヒット作もNetflixにはありますし。
 だから、エロで興味を引くということではなく、そういう題材だからこそ描ける人間の本質や、そういう「生(なま)」な感じをどう出せるかというのは、プロダクションとしてはすごくこだわった部分ですね。

※1 『ブレイキング・バッド』
2008年〜2013年にアメリカで放送されたTVドラマ。ガンで余命数年と診断された化学教師が、麻薬ビジネスに乗り出したことで、自らの人生を大きく変えていく。海外で高い人気と評価を獲得しており、スピンオフドラマ『ベター・コール・ソウル』が現在も放送されている。

※2 『ナルコス』
Netflixで2015年から配信が開始されたオリジナルドラマシリーズ。コロンビアの麻薬カルテルとアメリカの麻薬取締捜査官たちとの対決が、実話を元に映像化されている。2018年のシーズン4からは、メキシコの麻薬カルテルを題材にした『ナルコス:メキシコ編』がスタートしている。

梅田氏:
 単純にメチャクチャ面白かったですもん。

たちばな氏:
 ありがとうございます。

梅田氏:
 主演の山田孝之さんが「本当に素晴らしい現場だった」と言っていますよね。それは「みんなにとって快適な環境を作ろう」だとか、何か意識した部分があったんですか?

たちばな氏:
 うーん……それはわりと当たり前のことというか、そんなにすごく特別だったわけじゃないと思います。
 でも何かあったとすれば、これも結果論になりますけど、「今までないものを作りたい」と思っている人が集まった、というのはある気がします。

『デスカムトゥルー』の「次」が出た時のために、この体験を蓄積させたい

梅田氏:
 接触機会の増やし方としていろいろな方法がある中で、プロモーションにかけられるお金があまりない。そのへんが『デスカム』が『全裸監督』とは違うところかもしれないね。

 僕は『デスカム』を体験してくれた人を、これからもどんどん増やしていきたいし、この対談からも増やしてもらおうと思っているし。そうやって蓄積していくことはすごく大事かな、と思うんですよ。
 もし次につながっていくなら、そのときはすでに知っている人たちから、「『デスカム』の次が出たらしいよ」と言いやすいだろうなと。

たちばな氏:
 そうですね。

梅田氏:
 YouTuberの「水溜まりボンド」さんとコラボしたり、いろいろとチャレンジはしているんです。そこからふだんはぜんぜんゲームを遊ばないような、すごくカジュアルにYouTubeを見ている人たちが興味を持ってくれたりもしているんですけどね。

 でも、どれかひとつが爆発的なヒットにつながるかというと、そうじゃないんですよね。その理由としては、新しさが伝えづらい、ミステリーであるから伝えづらい、というのがあるのかもしれない。
 だけど「蓄積していく」ことはできる。いろんなチャレンジをしながら蓄積していって、それをいろんな意味で次につなげる。今はそれができればと思っています。

たちばな氏:
 水溜まりボンドさんを起用したりと「もっと若い人向けに」という発想があったと思うんですが、そのカジュアル感というか、ライトさはどのくらいを想定してたんですか?

梅田氏:
 難しいですよね、そのあたりのライトさの加減というのは難しいですよね。それこそ「ヒカキンに出てもらおう」みたいな話もあったんですよ。その流れから、水溜りボンドさんにプロモーションを手伝ってもらうことになったんですが。
 まぁでもヒカキンに出てもらったとして、そのシナリオを小高さんに書いてもらうのも難しいですよね(笑)。

小高氏:
 (笑)

梅田氏:
 でもキャストというのも、パイの広げ方のひとつの手法でしかないですよね。たとえば『カメラを止めるな!』なんかは、キャストを誰も知らなかったわけで。それでもあんなにヒットしたわけですから。

たちばな氏:
 もっと話題のある、アイドルグループみたいなキャストで固めるといった方向に振り切るやり方も、もちろんありますよね。だけどそれでいいのかどうかというのは考えどころですよね。

 たとえば「本当に芝居が上手い演劇役者を集めて面白いことをやろう」みたいなことを思っていても、それだけではなかなか計算が立たない。そういうところをバランス良くやるのが、まさにプロデュースワークなんだろうなと思います。

梅田氏:
 なるほどね。

日本のゲームクリエイターには、ストーリーを作る世界的な才能がある

──たちばなさんがゲーム業界に関心を持ち始めたのは、どういったところからですか?

たちばな氏:
 実写側というか映像側の業界にいる人間として、「ライブ」と「インタラクティブ」という2つのキーワードが、今の映像業界にはあまりにもないぞと感じたんです。時代のうねりみたいなものに対してものすごくクラシカルになってるけど、大丈夫なの? と。

 そんな問題意識から、それこそ「マーダーミステリー」や「人狼ゲーム」みたいなものも含めて、自分なりにいろいろ探っていくようになったんです。もともと舞台が好きだったので、最初は「人狼」から入り始めましたね。

小高氏:
  『人狼TLPT(人狼 ザ・ライブプレイングシアター)』【※】ですか?

※『人狼 ザ・ライブプレイングシアター』……人狼ゲームのルールに基づいて、13名のキャストがオープニング以外、すべてアドリブで物語を紡ぎ出していく舞台公演。劇場の観客だけでなく、動画配信コンテンツとしても人気が広がっている。
(画像は人狼TLPTとは | 人狼 ザ・ライブプレイングシアターより)

たちばな氏:
 そうです。『人狼TLPT』を見たり、ゲームクリエイター人狼会に行ったりして「めっちゃ面白いやん!」と思って。それとリアル脱出ゲームや、マーダーミステリーですね。そういったものをやっていく流れで、ゲーム業界のいろんな方々とお会いすることになったんです。

──ということはゲームといっても、そういったライブ感覚のあるゲームを中心に?

たちばな氏:
 そうですね。僕は「一億総クリエイター」というか、これからはもっと個人がストーリーを発信する時代になっていくし、ストーリー自体も個人的になっていくと考えているんです。

 ちょっと長くなっちゃうんで端折った話になりますけど、動画はYouTubeなどで民主化されているんですけど、映画はまだ民主化されていないんですよ。それを「どうやって民主化するか」というのを、この間、大友啓史監督や東宝の山田兼司プロデューサーと、3人で話したりしたんです。

 音楽やマンガの世界はすでに民主化されているというか、プラットフォームができていて。ゲームも一応、民主化されていますよね?

小高氏:
 最近はインディーゲームを流通する場所が増えてきたり、どんどんそうなってますね。

たちばな氏:
 それはスゴイなと思って。さらに言うとマーダーミステリーとかも、むしろアマチュアの人たちが市場を作りだしている感じがあるじゃないですか。ああいうものをプロ側はどう見ているんだろうか、みたいなことにすごく興味があって、いろんな人に話を聞いたりしているんです。

 そういう民主化が進んでいくと、良くも悪くも玉石混交になって、プロも引きずり下ろされる可能性があるわけですよね。でも僕は、結果としてそれが産業を成長させるというか、良いものが生まれるきっかけになると思っているんです。
 でも、映画ではそれがまだないんですよ。この民主化をどうやって作ろうか、ということのためにも、ゲーム業界はとても参考になると思っています。

──民主化とはちょっと違うかもしれないですけど、ゲーム業界の場合は5年おきぐらいの間隔でプラットフォームが変わったりして、シャッフルが起きるんですよ。

たちばな氏:
 あぁ、なるほど! ゲーム機の世代交代ですね。

──そのシャッフルが起きるタイミングで、若い人が台頭してくるような流動性がありますね。その点はは映画業界とは違うかもしれないですね。

小高氏:
 とはいっても、コンシューマゲームはこの先もう、トップダウンしかなくなるでしょうね。これから先は、AAA(トリプルエー)しか戦えなくなってきちゃうので。

たちばな氏:
 それは1個1個のタイトルが、大きく張っていくがゆえに、ということですよね?

小高氏:
 基本的にはそっちになっていますね。

たちばな氏:
 才能のあるクリエイターがインディーゲーム業界からピックアップされたりとか、せめてそういう仕組みがあればいいんでしょうけど。

小高氏:
 そこは完全に分断されちゃいましたね。

たちばな氏:
 トップダウンとボトムアップがくっつくかどうかが、すごく重要なんです。そこがくっつかないと、上のほうが膠着化していくので。

小高氏:
 ゲームはこれから、もっと工業製品に近い感じになっていくんじゃないですかね。AIで作ることもより増えてくるだろうと思うし。

たちばな氏:
 そうですか。その話は面白いな(笑)。

小高氏:
 ゲームはこの先、『サイバーパンク2077』【※】みたいなバケモノばっかりですよ。戦おうという気すら失くしますよ(笑)。任天堂以外は日本の出る幕がだんだんなくなってくるなぁって感じますね。

 僕はもう「ゲームじゃなくてもいいじゃん」って思っているところがあって。「ゲームとは?」みたいなことって、むしろユーザーのほうがすごくこだわってるという感じがしますね。

※『サイバーパンク2077』…… 肉体改造が当たり前となった2077年の未来世界で、主人公が裏社会の事件に巻き込まれていく、超大作オープンワールドRPG。『ウィッチャー』シリーズを手がけたポーランドのCD PROJEKT REDが制作している。日本でも2020年11月19日に発売予定。
(画像は『Cyberpunk 2077』公式サイトより)

たちばな氏:
 僕は、日本のゲームクリエイターの世界観を作る、ストーリーを作る才能は本当に高いと思っています。日本の漫画家もそうなんですけど、ゲームクリエイターも漫画家と同じぐらい、その才能があると思っているんです。

 だから小高さんみたいな人が、海外TVで言うところの「ショーランナー」【※1】という、クレジットで「created by」と出てくるような役割をやったほうがいいと思っていて。それこそJ・J・エイブラムス【※2】みたいな立ち位置ですよね。

※1 ショーランナー
アメリカやカナダのTVドラマで、実際の現場で制作の指揮を行う総責任者のことを指す用語。

※2 J・J・エイブラムス
『ミッション:インポッシブル3』『スター・トレック イントゥ・ダークネス』『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』などで知られる映画監督。『エイリアス』『LOST』など、多数のTVシリーズでも製作総指揮を担当している。

──たちばなさんみたいに、映像系の人でここまでゲームに寄った話ができる人に、僕はあんまり出会ったことがないですね(笑)。ゲーム好きかどうかというよりも、ゲームに固有の特性みたいな話に踏み込んでくる人は、なかなかいないかと思います。個々のタイトルのファンです、みたいな人はけっこういると思うんですが。

小高氏:
 そうですね。

たちばな氏:
 かもしれないですね。ゲーム好きな人もいるとは思いますけど。

小高氏:
 映像業界にいる人たちは「オレたちがトップだ」と思っているから、コンプレックスがないんじゃないですか。ゲーム業界の人間なんて、「ちっくしょおー!」みたいなのしかないから、「あっちを喰ってやるぜ!」という気概を見せるんですけど(笑)。
 映像業界の人はあんまりこっちを理解しようと思わないというか。「へぇ〜、がんばりたまえ」みたいな(笑)。勝手なイメージですけどね。

たちばな氏:
 たしかに映像業界の人って、あまり外の世界に出ないんですよ。だから僕は意図的に外に出て、外の人たちと話すことで自分の価値を上げられないかと頑張っています。

 ゲーム業界の人たちは本当に楽しくて話があうというか、たとえば僕は「感動とは何か」とか考えるのが好きなんですけど、映像業界の人でそういうことを考える人って、あまりいないんです。いないわけじゃないけど、自分が面白いと思うストーリーを作る方に意識がいくというか。
 でもゲーム業界の人たちは、そういうところまで考えて体験を作っているから、その過程でいろんなことを言語化する能力がメチャクチャ高い。だから話していて、すごく楽しいんですよね。

小高氏:
 でも、映像業界の人たちが気づかないうちに、こう、後ろから呑み込んでやろうと思ったのに、たちばなさんのように「ハッ!」と気づく人がいると、逆に困るんですよね(笑)。

アクションゲームを操作しながら、感動して「泣く」ことはできるのか?

たちばな氏:
 どんでん返しといったミステリー的な「満足」と、ラブストーリー的な「感動」は、作り方がまた大きく違うところだと思うんです。その点で『デスカムトゥルー』は、本当に良いバランスになっていたなと。

小高氏:
 ミステリーにこだわりすぎてしまうと、それはそれでどうしてもクイズ大会になっちゃって、感情が乗らなくなってしまうんです。

たちばな氏:
 あぁ、なるほど。

小高氏:
 それは『デスカム』の前に僕が作っていた、『ダンガンロンパ』ですごく気をつけていたことなんです。事件がただの謎解きになっちゃったら、キャラが立たなくてつまんなくなるな、と思って。

 僕がいちばん好きなミステリーは、東野圭吾の『容疑者Xの献身』なんですよ。「なぜこういう殺人を犯したのか?」とか、動機が全部、ちゃんとドラマになっていて。
 トリックのすごさで言えば、もっと優れたものはたくさんあるんですけど、僕としてはそれよりも、ドラマとしての魅力を出したいな、と思っています。そういう意味では、ミステリーは「風味」であっても、きっと通じるだろうなと。

 それに『デスカム』の場合は、キャストの人数もかなり限られていたので、この人数でガチのミステリーを作るのは不可能に近いということもありましたね。
 普通のミステリーとして作ると、単純に「ハウダニット」、つまりどうやって殺したのかを解いていくゲームになっちゃう。ハウダニットだとパズルになっちゃって面白くないし、かといって「フーダニット(犯人探し)」は人数が少なすぎてできない。
 だとしたらミステリーは「風味」にして、その代わりにドラマを乗っけないとダメかなと。だから繰り返し言っているとおり、道が決まっていたといえば決まっていましたね。

※『容疑者Xの献身』……東野圭吾氏の推理小説で、第134回直木賞受賞作。主人公が共通する「ガリレオ」シリーズの一編として、TVドラマ『ガリレオ』同様、福山雅治氏の主演で映画化されている。
(画像はAmazon.co.jp: 容疑者Xの献身 | Prime Videoより)

たちばな氏:
 映画的な感動と、ゲーム的なインタラクティブ要素が、ぶつかり合うところはなかったですか?

小高氏:
 それは僕が「ゲームで物語を紡ぐ」というのをずっとやってきているので、そんなにぶつかることはなかったですね。
 あと、実写は初めてですけど、アニメやマンガの話も書いていることもあって、「流れていく物語」と「自分で押して進んでく物語」の両方を、どっちもなんとなく分かっているので。

 なんていうのかな、「ゲームでやる場合はこういう話だよね」、「これはアニメ向きの話だな」と、最初からそういう区分けをしちゃってるんです。ゲームに向いていない物語を、ゲームに無理やり入れようとはしないので、そこで「ぶつかる」ということはないですね。

たちばな氏:
 これは僕の個人的な感覚なんですけど、さっき言った「感動」って、どちらかというと「我を忘れていないとできないもの」じゃないか、と思っているんです。
 その場合、僕の仮説では「コントローラでゲームを動かしているときって、感動はできないんじゃないか?」というのがあるんですよ。

 たとえば、ゲームの操作が中心になる「ゲームパート」と、ちょっと感動的な「ムービーパート」に分かれていて、それを上手く組み合わせることが、ひとつの解になるのかなとか。
 そうすると、単なる映画よりも面白いものができる可能性はすごくあるな、と思っているんです。でもそれがあまり行ったり来たりしすぎても、ちょっと違うのかな、とか。

小高氏:
 そうですね、ゲームと言っても幅が広いので。たしかにガチのアクションをやってる間は泣けないですね(笑)。
 もしそういうことができたら、逆に面白いなとは思いますけど。「泣きながらやるアクション」みたいなものも、作ってみたい気はするし(笑)。

一同:
 (爆笑)

たちばな氏:
 それはスゴイ! そこに「没入」と「体験」の違いがある気がするんです。

 「没入」は僕の感覚では、さっき言ったように「我を忘れないとできない」ことで、対して「体験」「今、自分が体験している」ことを意識することもできるという違いがあると思っているんです。だから、もし「泣きながら戦う」ことができたら、本当にすごいと思います。

小高氏:
 ゲームって、何十時間もやったりするじゃないですか。そうすると、どんどん手癖になってくるというか、操作しているという感じよりも、自転車に乗っているような感じになってくる感じがありますよね。

たちばな氏:
 なるほど。

小高氏:
 最初は操作にすごく気を遣うけど、途中からはぜんぜん気にしなくなる。ゲームを進めていった後半の方で、そういう状態になったら泣けるかなとは思います。

たちばな氏:
 たしかに、それはありますね。そのへんをどうやって感動にまで至らせるのか、というのが僕の問題意識なんです。意識がずっと働いていると、無意識まで届かず、なかなか感動までいけないんじゃないか、と。

 『デスカムトゥルー』は僕の体感として、後半になるにつれて、選択肢の意味がだんだん少なくなっていく感じがしたんですよ。でも、むしろそれが良かった。

 最初のほうにいろんな謎があって、可能性がどんどん膨らんでいるところから、あるところを過ぎると今度は「こうだ」と絞り込まれていくようになる。
 そうなると選択を悩むというよりは、自分の意志を込めて「もちろんこっちでしょ!」と選ぶアクションになっていく。その「体験設計」の具合が、本当に素晴らしかったと思うんです。

小高氏:
 そうですね。選択肢を選んだ割合を集計したら、みんなけっこう同じルートを通っているだろうな、というのはあります。だから、そこは「風味」で十分なのかなっていう気もしますね。

たちばな氏:
 2回目に遊んだ時に、最後のほうの選択肢で、1回目に選ばなかったほうを選んだら、「うーん、それじゃないなぁ」みたいに、あっさり戻されたりもしましたね(笑)。

小高氏:
 そこは推理のトコだから、正解は1つしかねぇよ、みたいな。

梅田氏:
 たしかに。

小高氏:
 まぁ僕としては、「ボタンを押す」だけでゲームだと思っているので。それで十分かなと。

たちばな氏:
 なるほど。

インタラクティブになることで、物語に介入できる「ライブ感」を得られる

梅田氏:
 たちばなさんは映像サイドから見て、「感動」ということにすごくこだわっているじゃないですか。

たちばな氏:
 はい。

梅田氏:
 その「感動」は映像だけでもできるものだし、もしその仮説が正しければ、むしろ映像のほうが近道かもしれない、ということもあり得るわけですよね。だけど今、たちばなさん自身はゲームというかインタラクティブ性も、かなり気にしていますよね。それはなぜですか?

たちばな氏:
 そこは僕自身も、ずっと考えているところです。だから、求めているのはもしかしたら「インタラクティブ」よりも、「ライブ」のほうが近いかもしれないですね。

梅田氏:
 あぁ、ライブ体験。

たちばな氏:
 どちらかというと、「ライブ体験的な臨場感を作りたい」というのが、僕の求めていることなんだと思います。ストーリー的な多様性だとか、マルチエンディングに対しての興味とかもあるんですけど、どちらかというとライブ感覚だとか、ライブ体験的なものへの興味と言った方が本質的かもしれません。

──ライブというのは、「今、流行ってるよね」みたいなライブ感ではなく、リアルタイム性を感じるという意味ですか?

たちばな氏:
 そうですね。

小高氏:
 それは、僕もけっこう近いなと思うところがあって。ユーザーが介入してインタラクティブでやるからこそ、「今この瞬間に物語を紡いでいる」ようなライブ感が出てくるんじゃないかと。

 コール・アンド・レスポンスみたいな感触が出るのが、インタラクティブのドラマのいいところなのかな、という気がするんです。だからいっそ、介入の手段はべつに地デジTVのdボタンでもいいのかなと。そんなふうにちょっと介入するだけでも、リアルタイム感が出てくると思うんです。

たちばな氏:
 これは僕の職業病的なことかもしれないんですけど、普通のドラマを見ると、明らかに撮影されて編集されて、ある程度の工程を経て出てきているということが、分かるわけじゃないですか。
 ともすると「この役者さんは最近、こういうニュースに出ていたな」とか、そういった余談みたいな情報も乗っかってきてしまうわけで。そういうものを取り除いて、もっと強烈にストーリーを体験したい、ストーリーに没入したい、という欲求があるんです。

 あとは、僕はもともと舞台がすごく好きなので、役者さんの「生(なま)」のパワーがより届くにはどうすればいいのか、みたいな思いもあります。

 事前にいただいた今日のテーマメモに、「作り手はなぜ、ワンカット長回しみたいなものが好きなのか」と書いてあって、すごく面白い質問だなあと思ったんですけど(笑)。でもそれを考えてみた時に、やっぱり「お祭り感」みたいなものを求めているところもあるのかなと。

──ワンカット長回しみたいなチャレンジによって、作り手側が「お祭り感」を味わうことを求めている、ということですか?

たちばな氏:
 はい。情報としてのストーリーは変わらないんだけど、自分の中に押し寄せてくる熱量がそのお祭り感でかさ上げされる感じを、僕はすごく求めていて。それを表すのに「臨場感」という言葉がいいのか、それとも「ライブ感」がいいのかは分からないんですけど。

──例えが適切かどうか分からないですけど、僕はもともと、ドワンゴという会社にいたんですけど、そこでよく議論になった話で「1カ月かけて100万回再生される動画」と、「1時間のあいだに同時接続10万人の動画」はどちらに価値がある? というのがあるんです。

 僕としては、同時接続10万人のほうが、圧倒的に価値があると思っているんです。なぜなら、そっちのほうが熱量があって面白いから。でもビジネス的に考えると、1カ月で100万人を集めるほうが良かったりもするんです。同時に10万人を集めるのは、1カ月かけて100万人に集めるよりも難しくて、ビジネス的に割に合わないので。
 でも1年後を振り返って「あれはスゴかったよね」と伝説的に語られるようになるのはどちらか。と言うと、明らかに同時接続10万人の方の動画なんですよ。

 でも、今はネット社会がより進んできたことによって、「ワッ!」と集まるタイミングも増えた一方で、集団がかなりバラけてしまった感じもしています。

 昔は『ジャンプ』の発売日だとかアニメの放送時間だとか、1週間に1回みんなで同時に集まる瞬間が、機能的に提供されていたんですけど、今はそれが電子書籍だ、動画配信だと、バラバラのタイミングになっていますよね。
 そのために、昔は100万人が同時にワッ! と集まっていたような話題でも、いまは1万人が100個のコンテンツについてそれぞれ話している、みたいな状況になっている。そのせいで、熱量みたいなものが希釈されちゃっている傾向にあるんじゃないかと。

小高氏:
 そうですね。

たちばな氏:
 その問題はすごくありますよね。YouTuberでいうと「あさぎーにょ」さんという方がいるんですが、2つすごく面白い配信をしていたんです。ひとつは、それこそループしちゃうよっていう、繰り返しちゃうみたいな配信で、もうひとつは生配信的なことをやったんですよ。

小高氏:
 あっ、そっちの生配信のほうは見てないですね。

たちばな氏:
 そっちはあらかじめ作った映像を出しつつ、生で配信もしてコメントも拾うというものでした。両方とも素晴らしかったんだけど、特に後者の生配信でやった動画はもう発明的だなと思って。でも、そっちは生でなければ意味がないから、もう見られないんですよ。

──そうですね。

たちばな氏:
 だから結果的には、1つめのループする配信はどんどん拡散されていった一方で、生配信のほうは同時接続で3万人ぐらいが観ていたんですが、それはそれでスゴイんだけど、それ以上伸びなかったところがあるんです。個人的にはなんか悔しい気がしたというか、もちろん両立するのがいちばんいいんでしょうけど、ライブなほうがビジネス的な理由で選択されない方向に進んでいくのは認めたくないなって。


主人公がプレイヤーの「1.5歩」先を歩くことで、物語を誘導できる

──『デスカム』は最初の導入が面白いですよね。プレイヤーの情報と、主人公の情報が一致している状態から始まるじゃないですか。どちらも何も分からない。ああいう見せ方は、すごくゲーム的だなぁと思います。

たちばな氏:
 そうですね。

小高氏:
 最初に警察官が来るじゃないですか。その次にまた警察官が来る。あそこまでの展開は、自分でもめちゃめちゃゲーム的だなと思います。

 最初に長々と、主人公はこういうヤツで、こういう状態でというのを説明せずに、できるだけすぐに、最短距離で選択肢が出てくる。そこまではシナリオというよりはチュートリアルであって、ゲームのレベルデザイン的な感じで作られているからでしょうね。

たちばな氏:
 ゲームってやっぱり「主人公になれる」というのが、スゴイことだなと思うんです。でも『デスカム』はどうだったかな? と思い返してみると、主人公になっている体験は半々ぐらいなのかなと。

──『デスカム』は一人称に寄っているようで寄っていないというか、なんだか絶妙なバランスですよね。カメラは三人称視点なんだけど、モノローグが入って、選択肢を選ぶときは一人称視点になるという、すごく不思議な作りで。

小高氏:
 時にはしゃべり出し、時には自分で動かす、というその主人公の置き方がゲームっぽいのかもしれないですね。

──主人公とプレイヤーをどこまで一体化させたかったんですか? 完全に一体化するといいうよりは、一歩引かせていた気もするんです。

小高氏:
 カラキマコトという人物がいる、これがベースにはなっています。そこにときどき、プレイヤーがカラキマコトにシンクロできるような余地を入れた、みたいな感じですかね。

──ということは完全にシンクロさせようとはしていない?

小高氏:
 そうですね。

──それはなぜなんですか?

小高氏:
 なんていうか、主人公がプレイヤーの「1.5歩ぐらい前」を歩いているのがいちばん気持ちいいなと、思っているんです。主人公とプレイヤーが足並みを揃えちゃうと、けっこう退屈なヤツになっちゃうなと思うので。

 感情の線もそうですよね。「ここで泣くんだ」とか、「こいつはここで怒るんだ」とか、それが1.5歩ぐらい離れていると、感覚的にいちばん気持ちいいな、と。そこを横並びにしちゃうと、ちょっとつまんないなぁと思うんです。

──でもそれはアドベンチャーゲームの文法からすると、ちょっと異質な感じがしますね。 普通のアドベンチャーゲームはもうちょっと主人公と一体化させようとしている気がします。

小高氏:
 モノによりますかね。それこそギャルゲーなんかは一体化していますけど、『逆転裁判』【※1】『探偵 神宮寺三郎』とかは、ちょっと違いますよね。ああいうのはもうちょっとキャラが立っていて、まさに1.5歩先を歩いている感じですよね。

※1 『逆転裁判』……主人公の弁護士が「法廷バトル」を繰り広げる、カプコンの人気アドベンチャーゲームシリーズ。2020年現在、ナンバリング作が6作品登場しているほか、スピンオフ作品も多数リリースされている。
(画像はCAPCOM:逆転裁判123 成歩堂セレクション 公式サイトより)
※2 『探偵 神宮寺三郎』……1987年に第1作『探偵 神宮寺三郎 新宿中央公園殺人事件』がファミコン(ディスクシステム)で発売されて以来、30年以上に渡って多数のタイトルが展開されている推理アドベンチャーゲームシリーズ。小高和剛氏もかつて、本シリーズの携帯アプリ版のシナリオや、小説などを手がけたことがある。
(画像はNintendo Switch|ダウンロード購入|探偵 神宮寺三郎 プリズム・オブ・アイズ 〜ふた色の少女〜より)

──たしかに。

たちばな氏:
 確かに。さっきもちょっと言いましたが、『デスカム』の後半は「この選択肢はもはやこっちでしょう」という感じを味わいましたね。主人公にそう誘導させられているのか、自分が自発的にそう思ったのかは客観的には分からないんですけど、その塩梅が良かった感じはしていますね。

小高氏:
 もしかしたら、僕がもともとミステリーをやっていたから、そういう作りにしているのかもしれないです。
 さっき挙げた『神宮寺』『逆裁』って、基本的に謎解きゲームじゃないですか。だから、もしプレイヤーと成歩堂君が同じ目線に立っちゃうと、謎解きが分かんなくなっちゃうかもしれないんですよ。成歩堂君がプレイヤーをちょっと引っ張ってあげて、それで成功して「やったね!」と肩を組んでくれるぐらいが、ミステリーとしていちばん気持ちいいというか。

 成歩堂君が引っ張ってくれるんだけど、プレイヤーがいかにも自分で解いたかのように物語が進んで、「オレたちは一心同体」みたいな気持ちにさせてくれる。これが2歩離れちゃうと、一心同体感がなくなるし、横並びだと2人とも「分かんないね」って話になっちゃうので(笑)。

たちばな氏:
 そうなんですよ! 『デスカム』も本郷さんの役が後半、だんだん成長してきて「いい男」になってきている感じがあるじゃないですか。そのあたりから主人公が、ちょうど自分の半歩前ぐらいをいく感じになっていて。

──たしかに。だんだんと頼れる感じになっていきますよね。

たちばな氏:
 「こうなってほしい」という、ちょうど半歩先を行ってくれていて、しかもそれを表現するような選択肢が出てくるので、「そうだ、行けー!」みたいな感じになるんです。
 いろいろ迷って選択するというよりは、ちょうど半歩先を歩いている相手を、熱を持って応援するみたいな感じで。その感じが本当に素晴らしかったんですよ。

小高氏:
 アドベンチャーゲームでもやっぱり2種類ありますね。分岐系のゲームを作る人はたぶん、もっといくらでも分岐できるようにするんでしょうけど、僕はもともと一本道のゲームを作っているので、僕自身の中でも明確に「こっちが正解ですから」というのがあるんです。
 それを主人公にも与えちゃっているというか、そういう作りにはしちゃってますね。もっとフワッと分岐する作り方も、できるっちゃできるとは思うんですけど。

「ボタンを押す」だけでも、それはゲームだ

小高氏:
 これが分岐系のゲームだと、最後まで「あなたが選びなさい」みたいな感じに特化するんでしょうけど。

たちばな氏:
 だからその半歩先感が、僕が言っている「没入感」みたいなものとつながっているんですかね。いろんな可能性がありすぎると逆に、そういう没入感が得られないというか。

梅田氏:
 あぁ、そうですね。

小高氏:
 そういう意味ではやっぱり、「『バンダースナッチ』があったから」というのがあるかもしれないです。『バンダースナッチ』はどちらかというと分岐系のゲームというか、「お好きにどうぞ」みたいな感じだけど。
 それだと僕は突き放されているように感じちゃって、ガッとのめり込めなかったんです。だからそうじゃなくて、自分の得意な「一本道だけど選択肢があるもの」に持っていこうと思った、というのはあるかもしれないですね。

──「一本道だけど選択肢があるもの」というと、選択肢の意味がないような気もするんですが、なぜそれが有効になるんですか?

小高氏:
 うーん……そうですね。ちょっと感覚的なところが強いので、答えになっているのか分かりませんが。

 僕はページ送りをするだけでも、それだけでゲームになると思ってるんです。たとえば、このタイミングでこのセリフのページ送りをさせる、とか。

──なるほど、ページ送りしたときに効果音が鳴ったりとかもですか。

小高氏:
 そうですね。あとは『ダンガンロンパ』のシチュエーションでもありましたけど、自分とずっと仲の良かった人間がすでに犯人だと分かっているんだけど、それを「プレイヤー自身の手で、あえて犯人として選択させる」とか。

 本当は選択したくないんだけど、こいつを犯人と言わないとゲームが進まない。その「本当は選択したくない、でも選択しないといけない」という気持ちになるだけでもゲームだと思うんです。だから「選択肢=迷うこと」ではないですね。

梅田氏:
 「答えはこれだ」と分かっているけど、「それを選びたくない」という感情があるだけでもゲームになるということですよね。

小高氏:
 そうですね。逆に、「どうしてもこれを選びたい」というのもゲームです。

たちばな氏:
 「いけー!」って、プラス1個、自分のパワーを送るみたいな感情ですよね。

小高氏:
 そうですね。応援するとか、「いいね」する、みたいな(笑)。

──アドベンチャーゲームの歴史は古いですけど、昔のゲームのほうが、主人公とプレイヤーが一致しているんですよね。

小高氏:
 そうですね。

──ただそれだと、難しいしマニアックなんです。でも、最近ヒットしたアドベンチャーゲームって、『ダンガンロンパ』もそうですし、『逆転裁判』もそうですけど、従来のアドベンチャーゲームをあまり好きじゃない人に受け入れられたところがあって。それはなぜだろう? という疑問があったんです。

 今の小高さんのお話を聞いて、主人公が半歩前をリードして引っ張ってくれるという「受け身でも遊べる感じ」が、もしかしたらひとつのキーだったのかなと思いました。

 だからたちばなさんもおっしゃられているように、インタラクティブな映像も「選ぶ」とか「分岐する」とかよりはむしろ、物語を引っ張っていってくれる主人公に対して「ボタンを押す」ことで乗っかれるとか、そういった方向のほうが相性がいいのかな、とは思いますね。

たちばな氏:
 そうですね。僕もそういうところはすごく感じました。

 でも昨日、ゲームに詳しい友人に小高さんの話を聞いたんですけど、「エモさまっしぐらな人ではない」みたいに言われて(笑)。

一同:
 (笑)

たちばな氏:
 そのときは「あぁ、そうなんだ」と思ったからこそ、今のお話を聞いて余計にスゴいなと思いました。もちろん、もっとバリバリにゲーム脳で、みたいな作り方もあるとは思うんですけど。

梅田氏:
 「没入感」という意味だと、小高さんも先におっしゃってましたけど、選択肢が複雑になって「これで合っていたのか?」みたいになって、没入感を削ってしまうことはあるでしょうね。

小高氏:
 そう、それは最近の『ライフ イズ ストレンジ2』『Detroit』の頃から、すごく思うようになって。もう選択肢を選んだ瞬間に「あっちのほうを選び直したい」って、すげぇ気になっちゃって(笑)。難しいですね、それが面白いところでもあるし、それでいいのかとも思うし。

映画ではなくTVドラマのスタッフが、日本オリジナルのNetflix作品を作るべきだ

──たちばなさんからのたくさんご質問をいただいたので、逆に小高さんのほうから、何か聞いてみたいことや相談したいことはありますか?

小高氏:
 そうですね……どうすればライトユーザーに届くんですか?ライトユーザーってどこにいるんですか? どこにいて何を見ているんですか?(笑)

たちばな氏:
 どこにいるんですかね。でも、確実に分散していますよね。

小高氏:
 もうテレビにいるだけじゃないですよね。

たちばな氏:
 それで言うと、僕にはゲームという世界の人口がよく分からないんですけど、少なくはないはずですよね?

──ゲームは広く捉えたら、メチャクチャ多いと思いますよ。

たちばな氏:
 そうですよね。だから十分じゃないかって思うんですけど、一方でそれ以上に届けるとなると、あとはテレビ的なところと、ネット的なところですよね。
 それが地上波のテレビを見ている人たちと、NetflixやAbemaを見ている人たち、みたいになるんですかね。

小高氏:
 やっぱり映画館に行くのとNetflixで見るのとでは、見る側の気持ちは違うものなんですか?

たちばな氏:
 僕個人でいうと、映画館の最大の良さは大画面でも音量でもなく、“集中度”だと思うんです。上演中は見ることに集中できる空間にいられるというか。

小高氏:
 『カメラを止めるな!』が、まさにそれを使ってましたもんね。自宅のテレビだったら、前半のクオリティが低いところで、見るのを止めちゃうわけじゃないですか。

たちばな氏:
 このあいだ大友啓史監督と対談した時に、映画館の話になったんです。今、映画館がヤバいという時に、映画とは何なのかをもう少し考えて、「映画」と呼んでいるもの全部をもし守れないとしたら、何を守りたいのか、何を残したいのかを考えるべきなんじゃないかと。
 もう映画作品自体は、ウィンドウがどこであろうと構わなくなっているので、べつに映画館じゃなくても観られるわけです。

 でも、結局みんなが行き着くのは、映画館での「体験」なんですよね。それはすごく分かります。だから僕としては、単純に両立してほしいなと思うところです。

小高氏:
 映画監督が映画っぽい作品を、Netflixオリジナルで作るというケースのあるじゃないですか。でも僕の中では、配信サービスの作品はどっちかというと、テレビ的な作りなのかなと。

 さっきもたちばなさんがおっしゃっていたように、映画って「逃げられない」じゃないですか。その一方でテレビの場合は、「ツカミ」がないとダメなんです。
 そう考えると、Netflixってやっぱりテレビなんじゃないかな、という気がしていたんですけど、実際どうですか? テレビの作りをやるのか、それとも映画っぽく作っちゃっていいのか、それともどっちもアリなのか。

たちばな氏:
 そこは超面白くて、難しいところなんです。簡単に言うと、コンテンツ的にはテレビ的なものなんだけど、今実際に作っているのは、映画の人たちなんですよ。それは映画のクオリティがほしいから、という理由なんですけど、僕はテレビの制作会社が作ったほうが良いと思っているんです。

 本当は、連続ドラマの名プロデューサー、名ディレクターみたいな人が、Netflixで面白いものを作って世界に出すほうがいいはずなんですよ。10時間のドラマを作るときのチームとしてのタフさ、みたいなことも含めて。
 そういったことに関して、経験値的に言っても、テレビドラマを作っているチームは、ポテンシャルがすごくあると思うんです。

小高氏:
 イッキ見できる連ドラ、というのが、Netflixとかのいちばん強いところなんじゃないかなって気がするんですよね。

たちばな氏:
 ホント、そうなんですよ。

小高氏:
 昔の日本のテレビドラマだと「とりあえずヒキを作っておけ」みたいな作り方がよくありましたよね。『キン肉マン』のゆでたまご先生的な発想で(笑)。1時間放送の最後のほうで、急に誰かが死にかけたり。この間の『あなたの番です』【※】なんかは、まさにそれですよね。

※『あなたの番です』
2019年4月〜9月に日本テレビ系で放送されたミステリードラマで、原案・企画を秋元康氏が担当。前半となる第1章のラストから、衝撃の展開が第2章に持ち越されるなど、クリフハンガー的な展開が話題を呼んだ。

たちばな氏:
 そうですね。

小高氏:
 あの「連続でイッキ見できる」という特性は、むしろ今は韓国ドラマとかのほうが上手く使えているんですか?

たちばな氏:
 どっちかと言うと、イッキ見という文化が世界で主流だったことが不思議というか。

 連続ドラマの世界で言うと、「反応を見ながら変えられる」というのが、1週間ごとに放送している良さとしてよく言われていますね。でも実際には、大して変わらないんですよ。

梅田氏:
 そりゃそうでしょうね(笑)。

小高氏:
 間に合わないですよ、普通に考えて(笑)。

たちばな氏:
 そうなんです。でも韓国ドラマでは実際に変えているみたいで。『愛の不時着』【※】は超好評だったから、北朝鮮からの脱出を2話分延ばした、とかいう話があるんです。

 現実的な話をすると、いちばん大きいのは、役者さんがプロモーションに出てもらえることですね。毎週撮影して追っかけで出していると、そこで役者さんのスケジュールが押さえられているので。

 逆に映画でいちばん大変なのはそういうプロモーションなんです。撮影が終わった1年後に公開されるとして、そこにもう一回、役者さんのスケジュールとやる気を持ってきてプロモーションするのは、すごく難しいんですよね。

※『愛の不時着』……2019年〜2020年に韓国で放送されたTVドラマで、日本では2020年2月よりNetflixで配信中。コロナ自粛期間中に高い人気を集めて、大きな話題を呼んでいる。韓国の財閥令嬢がパラグライダーで飛行中に北朝鮮へと不時着してしまい、北朝鮮の軍人に救出されたことから巻き起こる、波瀾万丈のラブストーリーが描かれる。
(画像は愛の不時着 | Netflix (ネットフリックス) 公式サイトより)

──なるほど。

たちばな氏:
 役者さんによっては、撮影の時とは髪型が変わっていたりもするし(笑)。

 連続ドラマの場合はそこが一致しているから、プロモーションがやりやすいんです。放送時期にバラエティ番組とかに宣伝で出るとかも計画しやすいし。あと今は出演者のSNSとか個人のメディアが重要だから、リアルタイムで撮影していると役者さんが自分たちのSNSで「撮影現場でこんなことが」とか臨場感のある情報をアップしてくれて、そういう意味でもPRがしやすいんです。これが結構大きくて。

梅田氏:
 なるほどね。それはそうだ。

たちばな氏:
 イッキ見という形だと、それを削らなきゃいけないから、そこの短所は大きいんじゃないかなぁと、僕は思っていたんですけどね。

リアリティショーが流行する理由は、フィクションを超えたライブ感にある

──ぜんぜん関係ない話になっちゃうんですが、いま「リアリティショー」が全世界的に流行ってるじゃないですか。あれはなぜなんですか?

たちばな氏:
 なぜなんでしょうね。「すごく象徴的だな」と思ったのは、まだ『テラスハウス』がやっていたときの話ですけど、日本のNetflixの人気ベスト10に韓国ドラマが2つ、3つ、アニメが5つ。あとの残り2つぐらいがリアリティショーだったんですよ。
 『テラスハウス』と、あともう1個、アメリカでスゴイのがあったんですよ。『ザ・ジレンマ』【※】っていうリゾート地で男女10人ぐらいが一緒になり、はたして禁欲の1カ月を過ごせるか、みたいな番組が(笑)。

 日本のドラマは1個も入らず、アニメと韓国ドラマとリアリティショーだったという。そしてリアリティショーが強いのはやはり「ライブ感」が理由だとは思いますね。予測のつかなさとか、功罪も含めてSNSで伝播していく感じとか。そういうものを含めたライブさなんでしょうかね。

※『ザ・ジレンマ』
Netflixで配信中のリアリティショー『ザ・ジレンマ:もうガマンできない?!』のこと。海辺の楽園で共同生活を送る独身男女が、1カ月間禁欲生活を送らなければ賞金10万ドルを手にできないという内容。

──Abemaなどでも似たようなリアリティショーをやっていて、それなりにヒットしているんですよね。そうすると内容の如何を問わず、リアリティショー自体がひとつのフォーマットとして優れているんだな、というのは感じるんです。

 では、そのフォーマットたる所以はどこにあるんだろう、何がそのフォーマットの軸の要素なんだろうというのが、すごく気になっているんです。たとえば、脚本の作り方がぜんぜん違うのか、それともTwitterでその演者がしゃべったりすることなのか。

たちばな氏:
 ドラマ業界でよく話されるテーマのひとつに「ラブストーリーが作られなくなった」というのがあるんです。今は月9ですらラブストーリーを作らなくなった時代と言われていて。

 ひとつは、「大きな物語」がもう成立しないということ。みんなでお茶の間に集まって、ひとつの物語を共有することがもうなくて、個々の「小さな物語」に細分化している、という話がまずありますよね。

 それに加えて、時代を代表する2大スターの「この人とこの人のラブストーリー」にみんなで乗っかる感じではなくなって、スターの人気も分散化している。そういったいくつかの理由からラブストーリーが作られなくなって、代わりに群像劇的なドラマがすごく多くなっている。

 海外ドラマはさらにそういう傾向が強くなっていますね。「映画スターが出ない」という状況下で企画を打たなければならないし、長く作る前提なので、プロットラインがいくつもある。そういう理由からではあるんですが、一方で時代的な価値観の多様化とかも相まって、それぞれの視聴者が各々の「共感できる人を選ぶ」という感じで見やすいんじゃないかと思います。

梅田氏:
 なるほどね。

小高氏:
 フィクションって、見ている人からしたらやっぱり疲れますよね。フィクションである以上は、フリもあるからオチもある。だから、ちゃんと理解しながら進んでいかなくちゃいけないので。

 でもリアリティショーはフィクションじゃないから、なんでもアリじゃないですか。でも恋愛が入っていたり、ケンカが入っていたりするから、バラエティ感覚で見られるフィクション、みたいな感じなんですかね。

たちばな氏:
 それはあると思います。たしかにラブストーリー的な要素もあるんだけど、今、小高さんの話を聞いて思ったのは、「対立」のリアリティがやっぱり大きいのかなと。だからこそ炎上とかもしてしまうわけですけど。

 リアリティショーってやっぱり、「対立」がワクワクするわけですよ。フィクションだと予定調和というか「演じてるんでしょ」となるんだけど、リアリティショーではそうじゃない。生々しくぶつかっている感じに、ワイドショー的にドキドキできるという部分はありますよね。

──その理屈でいうと、格闘技とかももっと流行りそうなものですが、どうなんでしょう?

梅田氏:
 総合格闘技が流行ったのは、よりリアルを求めるという意味でそういうところかもしれないですね。

小高氏:
 それもやっぱりプロレスという「フィクション」を楽しめなくて、単純にその瞬間、その瞬間の刺激を求めているというか。

梅田氏:
 そうですね、その瞬間の瞬発力みたいなものはたしかに、フィクションの壁を通さないリアルのほうがありますよね。

たちばな氏:
 フィクションだとどうしてもね、ウソっぽくなっちゃうっていうのはあるので。それをどう打破できるかということが、僕のテーマとしてはいちばん大きいですね。

──たちばなさんは、最近で完全フィクションで感動できたものってありますか?

たちばな氏:
 完全フィクションというのは、映画的なものですか?

──実話ベースではなくフィクションベースのもので、すごく感動できたものって、いま何があるのかなとふと思いまして。自分でもちょっと考えたんですけど、あんまり思いつかなかったんですよ。

たちばな氏:
 ゲーム的なものでいうと、この間マーダーミステリーで号泣したんですよ。フィクションだと……フィクションは意図的にあんまり見てないっていうのもあるんですけど、まぁでも『愛の不時着』か(笑)。

 『愛の不時着』はね、これも語りだすと長いんですけど、今まで言ったことを吹っ飛ばしちゃうんですよ。「これでいいじゃん」っていう(笑)。

一同:
 (笑)

たちばな氏:
 もうコテコテで。でもノックダウンされちゃう。

梅田氏:
 僕が最近感動した完全フィクションは『梨泰院クラス』【※】ですよ(笑)。

※『梨泰院(イテウォン)クラス』……2020年1月〜3月に韓国で放送されたTVドラマで、日本ではNetflixが配信中。『愛の不時着』とともに、日本のNetflixでも高い人気を誇っている。正義感の強い主人公が、クラスメイトを救うために飲食業界の御曹司を殴ってしまい、刑務所に送られることに。出所した主人公は、居酒屋をオープンして再起を目指すが……。
(画像は梨泰院クラス | Netflix (ネットフリックス) 公式サイトより)

たちばな氏:
 でしょ? いやもう、そうなんですよ。

梅田氏:
 何かあります? 最近の作品で感動したもの。

小高氏:
 いやぁ……映画館に行けなくなっちゃいましたからね。 絶対量が少なくなっちゃって。

梅田氏:
 あぁ、そうですよね。

『デスカム』がヒットしなければ、日本では「インタラクティブムービー」はもう無理だ

小高氏:
 どうすればライトユーザーにプレイされるのか。結論:「答えは出なかった」。

一同:
 (笑)

たちばな氏:
 あぁ、そうか。ライトユーザーの話でしたね。

小高氏:
 Netflixを見てる人たちって、ライトユーザーなんですか?  けっこうみんな見ているので、コアまではいかないと思うんですよ。

たちばな氏:
 そんなにみんなが見ている印象ってあります?

小高氏:
 まぁ、僕の周りの界隈はみんな見てますね(笑)。

──今、Netflixの会員数はどのぐらいなんですか?

たちばな氏:
 数字は出してないんじゃないでしょうか。僕もぜんぜん知らないです。

──1年ぐらい前の時点でざっくり300万人みたいな話は、聞いたことがありますね。

小高氏:
 日本だけで? やっぱり多いなぁ。

──だから今は500万〜600万ぐらいなのかなぁ、と勝手に想像しているんですが。

たちばな氏:
 1年前で300万だったら、少なくとも500万は突破していると思いますね。

──でも1年前は「まだまだだね」というぐらいの感じでしたよね。動画配信サービスの規模で言えば、国民の全体のシェアから考えたら300万人ってまだまだの大きさじゃないですか。

小高氏:
 NetflixやAbemaを見ている人は、テレビやYouTubeを見ている人よりも、やっぱり意識が高いと思うんですよ。ということは、NetflixやAbemaで『デスカム』のCMをやればいいんですかね?

──意識が高いというと、具体的にはどういう人たちに届けたいんでしょう?

小高氏:
 たぶん、テレビを受け身で見ている人は、そのまま動かないと思うんですよね。AbemaやNetflixだと自分から積極的に見ている気がするから、もうちょっと効果があるのかなと。

 だって、迎え打つ気が満々のような感じがするじゃないですか。「面白いのをよこせ!」って(笑)。

梅田氏:
 Netflixの中でCMはやってないから、やっぱり『デスカム』自体をNetflixに載せるしかないかな、って気はしますけど。

──『デスカム』の実績をある種のテコにして、それこそNetflixで、1本につき1時間ぐらいで体験できる、いろんなシチュエーションのアドベンチャーシリーズをやるとか。

 そんなふうに世界に向けて、日本のゲームクリエイターが映像に対してこういうことをやるよ、というのを打ち出すぐらいのほうがいいかもしれないですね。

梅田氏:
 Netflixから巨額のお金をもらって、ゲーム側は「自由にやらせてくれ」って言うとか。

──映像に対してインタラクティブなことができるようになる「仕組みそのもの」は、たぶんこれから、なんかいろんなところで実装されていくとは思うんです。
 だから今後、それだけでジャンル化するぐらいになってほしいんですよね。Netflix 2.0みたいな次世代サービスが出てきたときには、そういうアドベンチャー機能が強化されていて、もう一大ジャンルになっているような。

たちばな氏:
 そうですね。でも僕としては、その立ち上がりはボトムアップだと思っています。そういうものの傑作が生まれるのは、テレビ的なところよりはインディーズじゃないかという気がしていて。

 結局、マスっぽいものはやっぱり「そつがない」というか。そこで出さなきゃいけない結果とか、そこのルールみたいなものにアジャストさせていく間に、どんどん「良さ」が失われていくというか。でも、可能性自体はすごくある気がしているんだよなぁ……。

小高氏:
 『デスカム』は本当にインディー的なつくりで、報酬も現物出資でやってたりするんですよ。みんな売れた分の何パーセントみたいな感じで、やっていて、じつは僕もお金はまだもらっていないんです。

 この形はゲームだとなかなかないですよね。

──それもスゴイ話ですね。

小高氏:
 『デスカム』はそこまでして、本当にせめぎ合いの中でやっているんです。

梅田氏:
 そう(笑)。みんなギリギリで。

小高氏:
 そういう意味では『デスカム』が、いちばんギリギリでビジネスで成立するラインだと思うんですよ。これが上手くいかなかったら、たぶんどんなものをやっても上手くいかねえなって。
 これよりもっとお金をかけてやったところで、絶対に上手くいかないし。これより小さくなっても上手くいかないし。

たちばな氏:
 なるほど。ヤバイ!(笑)

小高氏:
 まぁ宣伝という意味では、まだまだ弱いところはあったかもしれないですけど。

──『デスカム』が前例のない「挑戦である」ということは、僕らとしても、もっと伝えていかないといけないですね。さっき言われていたように、小高さんたちがある種の持ち出しに近い形でやっているとか、いわゆる「受け身」の仕事でやってるわけじゃないよ、というのはもっとアピールしたほうがいいなと。

小高氏:
 そういう意味では、これが失敗するようでは「インタラクティブムービー」というものは、日本ではもう無理な気がします。それで海外でバカみたいに流行って、それが日本に入ってきて、ようやく日本もやろうかなみたいな感じになるという(笑)。

──そのときに「なぜ日本ではできなかったのか」みたいな話になるんですよ。いやいや、やってたから!(笑)

小高氏:
 そういう羽目になるぞ、という(笑)。

──でも、本当にそうですよ。インタラクティブムービーとかインタラクティブドラマって、今、日本が世界に先手を取れるジャンルのひとつだと思うので。

たちばな氏:
 僕も本当にそう思いますね。(了)


 インタラクティブな映画という試みは、映像業界とゲーム業界の双方で、かなり古くから試みられてきたジャンルだ。レーザーディスクやCD-ROMといった、ランダムアクセスが可能なメディアの登場した1980〜1990年代には、いくつものタイトルが発売されたし、DVDのマルチアングル機能やチャプター機能を使ったゲームもリリースされている。だがそれらは、「映画」と呼ぶには画面のサイズや解像度が乏しく、「ゲーム」と呼ぶには操作の快適性が乏しかった。

 『ブラック・ミラー:バンダースナッチ』や『デスカムトゥルー』を実際にプレイしてみると、2020年の今になってようやく、真にインタラクティブな映画と呼べるだけの技術を実現できていることが実感できる。だが一方で現在は、人物を含めたあらゆる存在が、本物以上のリアリティを持ったCGでゲーム内の空間に表現できる時代になっている。だからこそ、実写映像を使ったゲームを制作する際には、今回の鼎談で何度も話題に出たとおり、「実写である意味」を問われることになるだろう。

 だからこそ、2020年に『デスカムトゥルー』が改めて切り拓いたチャレンジは、これから先も続けられていくべきものではないだろうか。

『デスカムトゥルー 』公式サイトはこちら『デスカムトゥルー』 steam版はこちら『デスカムトゥルー』 iPhone版はこちら『デスカムトゥルー』 Android版はこちら

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『全裸監督』Pが訊く、来たるべき“インタラクティブ映画”のあるべき姿とは? 『デスカムトゥルー』の挑戦から、未来のエンタメ像を考える